モチベーションが先で生産性は後
[要旨]
アルミ加工メーカーのヒルトップの相談役の山本昌作さんは、人間は仕事をするのが嫌いであり、強制や命令がないと働かないととらえる考え方と、人は進んで仕事をしたがるものであり、目標達成のためなら努力を惜しまないととらえる考え方がありますが、山本さんは、後者の考え方に立ち、従業員のモチベーションを高めるべきであり、こうすることで、自ずと生産性が高まるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、アルミ加工メーカーのHILLTOP株式会社の相談役の山本昌作さんのご著書、「ディズニー、NASAが認めた遊ぶ鉄工所」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、ヒルトップでは、一時的に効率が低くなるものの、積極的にジョブ・ローテーションを行っており、その理由は、(1)モチベーションを高める、(2)社内にノウハウ、ナレッジが蓄積される、(3)従業員が多能化し、全体最適の視点を持つことができるという利点があるからだそうです。
これに続いて、山本さんは、生産性を向上させるためには、その前に、従業員の方のモチベーションを向上させなければならないということについて述べておられます。「1950年代後半に、アメリカの心理学・経営学者、ダグラス・マグレガー(マクレガー)は、人間のタイプやモチベーションの抱き方について、対照的な2つの理論を提唱しました。それが、『X理論』と『Y理論』です。
X理論:『人間は、生来、怠け者である』とする『性悪説』的な考え方に基づく。『人間は仕事をするのが嫌いであり、強制や命令がないと働かない』ととらえる。こうしたタイプのモチベーションを上げるには、『アメとムチ』を使い分ける。頑張った人には目に見える『ご褒美』を与え、頑張っていない人には『罰』を与えると宣言することで、やる気をアップさせられる。
Y理論:『魅力ある目標と責任を与えれば、人は積極的に動く』とする『性善説』的な考え方に基づく。人は進んで仕事をしたがるものであり、目標達成のためなら努力を惜しまない。生まれながらに『仕事が嫌い』なのではなく、条件次第で責任を受け入れ、みずから進んで責任を取ろうとする。こうしたタイプには、『適切な環境を用意し、目標と責任を与えること』が、有効なモチベーションアップ法になる。マグレガーは、著書『新版企業の人間的側面』(産業能率大学出版部)の中で、権限行使と命令統制によるX理論の経営手法を批判し、自律性と自主性を重んじるY理論に基づいた経営が望ましいと主張しています。
マグレガーの理論に対しては、『現実社会の中では、必ずしもY理論は万能ではない』、『この2種類のどちらかに明確に分類することは難しい』、『実際には、両極端のXとYを結ぶ範囲のどこかにすベての人が位置している』といった懐疑的な意見もありますが、私はマグレガーと同じで、基本的には『X理論』でのモチベーションアッブには、反対です。当社が『ヒルトップ・システム』を導入した当初のように、改革の初期段階では、『鬼のように見張る』ことも必要ですが、それは限定的な措置であって、日常的なマネジメントではないと考えています。
監視・管理をして尻を叩いでも、モチベーションは上がりません。ただし、結果はすぐ出ませんし、ものすごく時間がかかります。まさに我慢比ベです。私が最終的に行きついた答えは、『モチベーションを上げるには、社員のやりたいことを自由にやらせるのが一番』だということです。人間にはそもそも知的好奇心と向上心があります。人間は本来、自己実現のためにみずから行動し、進んで間題解決をすることができるはずです。昨今、働き方改革の声とともに、『生産性』について取り上げられることが多くなりました。
けれど私は、社員に向かって、『生産性を上げろ』と言ったことはありません。『効率を上げて、生産性を高め、早く結果を出せ!』という無理難題は、社員を疲弊させるだけです。上げるのは、生産性ではなく、モチベーションです。社員のモチベーションを上げれば、自動的に生産性も上がります。モチベーションが先で、生産性は後、です。モチペーションを高めるには、少しくらい効率が悪くてもいいから、『知的作業』を確保しておくことが大切です。なぜなら、自主的に取り組む知的作業と、リビート受注のルーティン作業では、前者のほうが喜びを感しるからです」(137ページ)
山本さんの「モチベーションが先で、生産性は後」というご指摘は、ほとんどの方がご理解されると思います。その一方で、「山本さんの言っていることは分かるけれど、現実は、きょうの売上を稼ぐことで精一杯だ」と考える方が多いと思います。また、従業員に対しては、性善説で接するようにしていても、「従業員に対して性善説で接することは現実的ではない面がある」と感じている経営者の方も多いと思います。
私も、これまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験の中で、経営者の方が部下の方たちを信頼して対応しても、本人に悪意がある、悪意がないにかかわらず、結果としてその信頼を裏切られるようなことが起きている事実は少なからず見てきました。しかし、その一方で、人間には心の弱い面もあるので、部下の方が経営者の方に対して裏切るような行為をしてしまうことが起きることを100%避けることができないことは現実だと思います。ですから、経営者の方は、それを所与のこととして、性善説で部下の方に接しなければならないのだと思います。
これは経営者の方にとってはとても心労の大きいものだと思いますが、これを乗り越えることで、ヒルトップのような生産性の高い会社を実現できるのだと思います。なお、念のために言及しておくと、経営者の方が部下の方に性善説で接することは大切ですが、だからといって、すべて部下のことを信用しなければならないということではありません。不祥事が起きないようなリスク管理もあわせて行うことは欠かせません。リスク管理の精度を高めることで、部下の方たちに対して、より大きな信頼をすることが可能になります。
2025/1/30 No.2969