
1年半かけて24時間無人加工が定着
[要旨]
アルミ加工メーカーのヒルトップの相談役の山本昌作さんは、製品の製造ノウハウをデータベース化したあと、機械の前に立たないよう部下たちに指示をしました。これには、当初、部下たちも反対したそうですが、山本さんはそれを押し切ったそうです。そのため、プログラムの間違いにより、機械が壊れることもありましたが、その責任は部下に負わせることはしなかったそうです。そうして、約1年半が経過し、データベースに基づく加工が定着した結果、部下たちの就業時間の8割が機械の前、2割がデスク作業という比率を逆転させることができたそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、アルミ加工メーカーのHILLTOP株式会社の相談役の山本昌作さんのご著書、「ディズニー、NASAが認めた遊ぶ鉄工所」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、山本さんは、ルーティン作業では楽しめない、人間はもっと創造的な仕事をすベきだという思いから、自動車部品の大量生産をやめ、少品種大量生産から多品種少量・単品生産へ切り替えをしたそうですが、その際、職人技の暗黙知をデータベース化して社内で共有し、誰でも活用できるようにし、職人たちには新しい仕事で知的作業を行うことに集中できるようにしたということについて説明しました。
これに続いて、山本さんは、会社内からの反発を抑えながら、24時間無人加工のシステムを定着させていった経緯について述べておられます。「データベース化に約1年を費やし、実際にプログラムをつくって機械に作業させる段階に入ったのですが、ここで社員から大きな反発がありました。私が『加工中に、機械の前に立ってはいけない』、『加工は、すベて機械に任せる』と強く命じたからです。
鉄工所の場合、就業時間の8割が機械の前、2割がデスク作業ですが、私は、おもいきってこの比率を逆転させました。日中はデスクに座ってグログラムをつくりながら機械を稼働させ、社員が帰った夜間も機械は稼働し続けるというしくみにしたのです。私のモットーは『絶対に社員を監視しない、尻を叩かない』ですが、さすがにこのシステムが定着するまでの約1年半は、徹底監視し、鬼のように命令し続けました。いわゆる『守・破・離』の『守』の段階でしっかり型をつくるのが大事だと思ったからです。
ただ、この『守』ができた1年半以降は、このモットーを守り続けて現在に至ります。本当にこの1年半は社員も大変だったでしょうが、私自身も辛かった。社員に、『このシステムが本当に正しいんだ。絶対に自分たちのためになる、自分たちが仕事を楽しむためには、このやり方が必要なんだ』と知ってもらうためには、実際に体験してもらうしかありません。ところが、『言うは易く行うは難し』朝には加工が終わっているはずが、翌朝出社すると、悲惨な現場を目にすることが何度もありました。
初期のシステムは、間違ったプログラムを入力すると途中で停止できなかったので、機械に取りつけた刃物が折れていたり、材料を固定する治具なとが壞れている。ひどいときには、機械そのものが破損していたのです。機械の修理にはびっくりするくらいの費用がかかりますし、機械が動かなければ納期間に合いません。社員からは、『いいかげん、こんなことはやめたらどうか』と非難の嵐が巻き起こりました。機械に任せす、自分の手で加工し始める社員もいました。それでも私はあきらめなかった。失敗による損害以上に、このシステムを導入することによるメリットに手応えを感じていたからです。(中略)
ある朝、出社すると、工場に人だかりができていました。『何があったのか』と覗いてみると、機械が大破していました。機械の重要なパーツの一部が、ポルトを引きちぎって倒れていたのです。当時はまだシミュレーションソフトが開発されていなかったため、プログラミングのミスを事前に修正することができませんでした。修理にかかった費用は400万円。けれど私は、『うわ~、えげつな、えらいことになっているな~」と言っただけで、プログラムを組んだ社員を非難することはありませんでした。
というより、非難できるわけがありません。なぜなら、『無人化をやれ』、『機械の前に張りつくな』と言った張本人は私だからです。それなのに私が責任追及したら、誰も2度と機械のボタンを押さないでしょう。これほど痛い目に遭いながらも、プログラムを何度も修正し、少しずつ精度を上げるうちに、徐々にシステムが軌道に乗り始めました。リピート注文があったときも、最初に製作したときの段取りを忠実に再現できるので、誰が担当しても、ポタンを押すだけで製品ができるようになったのです」(96ページ)
これは、私が言及するまでもないことですが、人は、心の深いところでは、変化することを避けたいと考えています。ですから、会社で新しいシステムを導入し、仕事のやり方を変えようとする時は、必ず、もっともらしい理由をつけて反対意見が出ることは容易に想像できます。そこで、事業活動を改善しようとするときは、経営者は、しばしば、孤軍奮闘することになります。そして、ヒルトップで機械が壊れ、修理費に400万円がかかったように、新しいやり方が定着するまでは実害が起きることもあり、その責任は、経営者がひとりで被らなければなりません。
ですから、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、経営者が、このつらい役割を担うことができるかどうかにかかっています。しばしば、新しいシステムを導入することを決めた時、私のような外部専門家を嫌われ役にしようとする経営者の方もいますが、それでは事業改善は成功しません。
私は嫌われ役になることは構いませんが、私のような外部専門家だけが嫌われ役になっても、社長が部下に甘い顔をしていれば、「部外者が厳しいことを言っているけれど、それを無視しても、社長は許してくれる」と考え、部下たちは行動を変えようとしません。したがって、繰り返しになりますが、経営者の方は、事業を改善しようとするときは、本当につらい役割を担わなければならないと、私は考えています。でも、経営者の方が真摯にそれに向き合うことで事業改善は着実に進みますし、それを成功させた経営者は必ず報われるとも考えています。
2025/1/27 No.2966