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業績不振なのに棚卸資産の増加は不自然

[要旨]

公認会計士の森暁彦さんによれば、棚卸資産の評価を高く見積もると、利益を増やすことになります。しかし、適切な評価を行わない会社は、財務諸表に不自然と感じられるようになります。そこで、不適切な評価によって問題を先送りせず、適切な評価を行うことによって、誤った経営判断が行われることを防ぐことが大切ということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、製造業などで、製品の製造に関わった人件費などは、いったん、資産に計上されますが、その製品が売れる見込みがなければ、資産に計上せず、直ちに費用として計上しなければならないということについて説明しました。

これに続いて、森さんは、製造業での棚卸資産の評価は適切に行わなければならないということについて述べておられます。「ソフトウェアと似た話で、製造業における棚卸資産もあります。工場の運営には、人件費や減価償却費、リース料など固定費が必要です。会計のルールに基づき、当期に発生した固定費は、その期に売れた製品に振り向ける『PL上の売上原価』と、期末の在庫の『BS上の棚卸資産』に割り振ります。

例えば、業績が悪くなった企業が、期末に向けて製造を拡大して製品の在庫をばっと増やすとします。固定費は決まっていると、製品を作る数を増やすと、期末に残った在庫に固定費をより多く割り振ることができます。すると当期のPL上の利益が大きくなります。2015年、当時経営が悪化していたシャープは、主力の液晶事業の競争力が落ち、後に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されました。そのシャープは、2015年3月期末に苦しい決算を発表していました。

決算の内容は、最終損失2,223億円ながら、『体質改善処理(リストラ)前の営業利益は401億円』という不思議なものでした。シャープの財務諸表やIR資料を見ていくと、なぜか棚卸資産が期中に432億円増大していました。(棚卸資産の回転期間も前期末1.21か月に対して1.46か月に増大)事業は悪化しているはずなのに、なぜ営業利益(体質改善処理前)が出ているのだろうか……。なぜ棚卸資産が膨らんでいるのだろうか……。

そう考えていくと、『直感と合わずになんか変だな』と思っていました。その後、シャープは、翌期の2016年3月期に、評価減等を理由に棚卸資産関係で775億円の損失を計上しました。結局、前期における棚卸資産の増加額を吹き飛ばしても『お釣り』が出る規模の損失を、すぐその翌期の決算に計上することになったのです。全体を振り返ってみると、2015年3月末の棚卸資産の評価は甘めだったのでしょう」

前回の内容は、費用を資産にすることで、利益を増やす方法を説明しましたが、今回はその逆で、資産のうち、費用にしなければならない資産をそのままにすることで、利益を増やすという方法です。その方法の大部分は、森さんもご指摘しておられるように、棚卸資産の評価額を多めにする方法です。ちなみに、中小企業の場合、実地棚卸を行っていない会社も少なくなく、そのことによって、棚卸資産の評価そのものを行っておらず、当初、帳簿に記載した評価額のままになっていたり、帳簿上は計上されているものの、紛失や盗難などによってなくなっているものも計上されたままになっていたりすることもあります。

このような場合、評価が不適切というよりも、管理が行われていないために、結果として、帳簿上の価額が実態より多くなっているということになります。話を戻すと、森さんは、シャープの棚卸資産について、「直感と合わずになんか変だな」と述べておられますが、やはり、棚卸資産の評価を過剰に見積もった貸借対照表は、部外者から見ると違和感を感じます。

具体的には、総資産対棚卸資産比率(=棚卸資産÷総資産×100(%))、棚卸資産回転率(=売上高÷棚卸資産(回))、商品投下資本粗利益率(=売上総利益÷棚卸資産(%))などを、同じ会社の過去の数値や、同業他社と比較して乖離や不自然さがあると、棚卸資産の価額は不適切ではないかと感じます。その一方で、棚卸資産の評価を常に正しく行うことは難しいという面があります。では、どうすればよいかというと、私は、経営判断を誤らないようにすることを意図して棚卸資産を管理するべきだと考えています。

そのための具体的な行動の1つ目は、できれば毎月、それが難しいときは3か月ごとに実地棚卸を行い、帳簿と現物に差がないようにすることです。2つ目は、業種によって実際の管理方法は異なりますが、例えば、3か月間、出庫がない在庫は価額を半分にする、6か月間、出庫がないものは廃棄するといった、具体的な管理基準を定めて実施することです。もし、このようなことをすると、会社の利益が減ってしまうという心配をする方もいると思います。しかし、例えば、価値のない棚卸資産は、実際に廃棄しても、廃棄しなくても、価値がないことに変わりはありません。

そうであれば、価値のないまま放置するよりも、廃棄を行い、その棚卸資産の価額を費用に計上し、その結果に基づいた経営判断を行うことの方が、よい結果につながるでしょう。また、それを教訓として、その後、破棄を増やさないような工夫もできるようになるでしょう。棚卸資産は、計上しているだけで、どうしても評価減が起きるものです。だからこそ、こまめに管理を行い、その都度、評価を行うことの方が、誤った経営判断を防ぎ、長期的には業績を高めることになると、私は考えています。

2025/2/22 No.2992

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