Kiele
その年は、一度のハワイ滞在中、宿を転々とすることになった。
オアフでのイベントに参加して、そのあとホッとしたくて向かったHiloでは希望する宿は続けて取れなかったからだ。
それでもHiloの空はいつもと同じく静かに蒼く。
ローカルな空港に降り立つと、心が、凪ぐ。
初めて泊まった宿はHiloの街中にあった。
簡素で簡潔な宿で、宿主さんと顔を合わせなくてもチェックイン-チェックアウトが出来る宿だった。部屋にはシングルのベッドがあって、手紙の書けるちいさなデスクがあって。
ごく普通の、機能的な宿。
心に掛けてくれて、宿までついてきてくれたサトコさんが、言葉少なく、洗面所のところで何かゴソゴソとしていた。
なんだろう。
あぁ。
なんていい香り。
こじんまりとした洗面所には、もう、その花の放つ香りが立ち始めていた。
「庭に咲いていたから。」
その花は、たぶん、キエレ。
5月末日のこと。
窓を開けるとヒロ・ベイからの風がカーテンを揺らした。
花の香りと風。
それだけで急に、ハワイ島に来た実感が嬉しく胸を締め付ける。
どこかでなにか食べよう。ついでに街も散歩しよう。