祭り上げられた人達
ふだんは芸能ニュースを積極的にチェックすることはないのですが、さすがにダウンタウンの松本人志氏の性加害疑惑に関するニュースは目に入ってきます。
最近のお笑い番組はほとんど見ないので、正直、彼が芸能活動を休止する事に対しても特に意見は無いのですが、このニュースを見て、ひとつだけ思い出した曲があります。
それはブルース・スプリングスティーンの「Local Hero」という曲です。
92年に発表された『Lucky Town』というアルバムに収められています。
元はニュージャージー州出身の、小汚い恰好をした無名のロッカーだったスプリングスティーンは、75年の『Born to Run』で世に出て、「ロックンロールの未来」と称される程、新時代の旗手として脚光を浴びました。
84年に発表した『Born in the U.S.A.』で世界的なメガセールスを記録した事で、ロック・スターとして頂点を極めます。
巨大な成功を手にしたスプリングスティーンは、本来はとても内気で繊細な性格なのですが、成功に伴う有象無象のトラブルに巻き込まれ、うつ状態に陥ります。
再起を図るために、家族とともに住み慣れたニュージャージーから全く土地柄の異なるロスアンゼルスへ転居し、試行錯誤しつつ自分を取り戻す過程で生まれた曲のひとつが「Local Hero」でした。
この曲の中で、スプリングスティーンはあくまでも第三者が語るストーリーとして、以下のような情景を描きます。
ある男が田舎をドライブしていて食事のためドライブインに入った。
ふと壁に目をやると、ブルース・リーの横に貼ってある、どこかで見たことのある男の写真が目に入った。
女性の店員に「この男って誰だっけ?」と尋ねると、彼女は答えた。
「ただの地元のヒーローよ。しばらくこの街に住んでいたの」
転調するブリッジのパートで、スプリングスティーン自身の独白ともとれるような歌詞が続きます。
「俺は仕事を上手くこなし、宗教や作り話を信じるふりをしたら、ヒーローを待望している連中から祭り上げられボスにされた。次に王にされ、教皇にされたあげく、最後には絞首刑のロープが持ってこられた」
「ボス」というのはスプリングスティーンの愛称の事で、これはダブルミーニングで紛れもなく彼自身の叫びです。
「人々の期待に応えて自分以上の自分を演じて頑張ってみたら、勝手に神格化されていった。行きつくところまで行ってみたらそこは絞首刑台だった」という、ここだけ切り取ると笑えない話です。
ところが、これを基本的には、三人称の物語として俯瞰して自虐的に語りきれるところが、さすがスプリングスティーンといいますか、深い客観性と知性を感じさせられます。
以前たまたま見たNHKのドキュメンタリーで、松本氏の仕事の舞台裏の様子が放送されていました。彼がスタジオ入りした際、周囲が異様にピリピリとして、まるで世界的な要人でも迎え入れるような様子だった光景が印象に残っています。
松本氏自身は、なんとなくにじみ出るキャラクターから想像すると、そのような雰囲気を周囲に意図的に強要しているとはあまり思えません。
想像ですが、周囲が必要以上に祭り上げてきてしまったという部分は、少なからずあるような気はします。
元々は90年代に大阪のローカル・ヒーローからスタートしたダウンタウンでしたが、もしかすると手に入れた成功は、本人達の想像を遥かに超えたものだったのかもしれません。
自分の意図に反して周囲から勝手に期待されたり祭り上げられてしまう事は、規模の違いはあれど、誰の人人生にも1回くらいはあるような気はします。
その時、スプリングスティーンのように、どこかで自分を俯瞰した冷めた視点で見る事ができないと、最後は絞首刑台が用意されかねない。非情なようだけど、それが人の世なのだろうな、とも思います。
ただ、今回のダウンタウン松本氏の疑惑の真相は外野には分かるはずもありませんし、そもそも告発した女性に対する誹謗も含め、SNSなどを使って無責任な短文が飛び交う様子には、心底うんざりします。
他人の心配をするよりも前に我が身を振り返ろうと思った、年の初めでした。
(おわり)