ギターの響きの力学:ギターの弦の振動とは何か?アポヤンドとアルアイレの振動の違いについて
弦の振動については、クラシックギタリストさんのおそらく全員が、弦の横振動によるものと考えています。それで弦に直角方向に指を動かすことで音を出すわけです。ところが実際は、弦の縦方向の伸縮振動が主因です。弦の振動のメカニズムを力学の立場から考えてみます。
弦が1方向に横振動している状況について考えます。弦が一番端まで振れたとき弦の運動は停止し、弦の中立軸上(当初の位置)で速度が最大となり、弦が反対側の端まで振れると弦の運動は停止します。弦が中立軸上にあるときに、弦の運動エネルギーは最大となり、弦が端の位置にあるとき、弦の運動エネルギーはゼロとなります。この行ったり来たりの繰り返しを1秒回に数百回繰り返すのが、弦の振動です。
中立軸上では、弦の運動エネルギーは最大となりますが、その運動エネルギーはどこからくるのでしょうか。もう少し詳しく見てみましょう。弦が1往復する際には、弦が大きく振れて、その運動が止まったとき弦の中では何が起きているでしょうか?弦が大きく振れた時には、弦はいっぱい伸びており、弦を強く引っ張った状態になっています。弦を「ばね」とみなしますと、弦を引張ると、その内部に「ひずみエネルギー」が蓄えられます。
中立軸上では、ひずみエネルギーがすべて運動エネルギーに変換され、弦の速度は最大となります。弦が反対の端部で停止する際に、弦はフルに伸び、先ほどの運動エネルギーが、すべてひずみエネルギーに変換されて、弦内部に蓄えられます。弦が振動する際、このひずみエネルギーと運動エネルギーの入れ替え作業を、弦内部で1秒間に何百回と繰り返ることで、弦の振動が発生する訳です。弦の振動とは、弦の伸び縮みによる、ひずみエネルギーと運動エネルギーとの変換作業の繰り返しであるといえます。
弦の横振幅は大きくても片振幅で5mm程度です。この場合、1回の振動時の伸び量は、大雑把な仮定ですが、おそらく0.1mm程度と思われます。張力が10kgf(=100N)としますと、蓄えられるひずみエネルギー量は、張力×弦の伸び=100N×0.1mm=10Nmm、換算しますと0.01J(ジュール)です。ナイロン弦は素材が柔らかいので、応力波の伝播速度が遅く、しかも、変形現象の発生に大きな時間遅れがありますので、弦の伸縮に関係するのは、ブリッジとネックに固定されている弦端部近傍の、おそらく10cm位の領域に限定されると思われます。一方、弦中央部は伸び縮みに関係なく、質量として振り回されていると想定されます。アルアイレのときがこれに相当します。指の弾弦により弦に初速を与えたものの、エネルギーを貯蓄・変換できる弦の領域が端部近傍に限られ、ひずみエネルギーの貯蓄量もわずかなので、音量が小さいわけです。
弦の音量については、弦を弾く前に、どれだけ弦内にひずみエネルギーを蓄積できたかということだけで、その音量が決まります。弦のひずみエネルギーは、弦を引張ることで弦内部に蓄積されます。アポヤンドの場合は、最初に弦全体を引張りますので、弦長のすべての領域においてひずみエネルギーが多量に蓄えられます。場合によっては1cm伸ばすことも出来る。非常に大雑把な仮定ですが、たとえば弦全体を引張ることにより、弦が10mm伸びたとします。この場合、弦内部に蓄えられるひずみエネルギー量は、張力×弦の伸び=100N×10mm=1000Nmm、換算しますと1J(ジュール)となります。つまり、この仮定では、アルアイレで弦が振動している場合の、100倍ものひずみエネルギーが弦内部に蓄えられたことになります。
この状態で、弦を離すと、そのエネルギーが瞬間的に解放されます。つまり、弦全体を均等に、ピアノのハンマーで強く叩いた効果が、つまり、弦に大きなパルス(ディラック関数)を与えた効果が得られます。このパルス(ディラック関数)は、原理上は超低周波域から非常に高周波域までの周波数成分を含みますので、非常に多くの倍音成分を発生することが出来ます。すなわち、弦の1カ所を叩いたのではなく、極めて均等なパルスの載荷により、「弦の全長にわたって均等に叩いた」ことになるので、綺麗な音で、しかも大音量が得られます。
弦の振動は減衰振動です。つまり、弦の音量については、一番初めの時点、すなわち、弦を弾く際にどれだけ弦内にひずみエネルギーを蓄積できたかで、弦の音量が決まります。弦の振動の主因は弦の長手方向の伸縮運動であり、横振動はあくまで副次的な運動です。なぜならば、弦の張力は弦の長さ方向だからです。つまり弦に対して直角方向に弾いても、力の方向と内積がゼロなので、ひずみエネルギーへの変換量は非常に小さい。ゼロに近い。非効率な弾き方と言えます。音量は小さいし、音色も陳腐です。音量や音色を出したければ、弦に直角方向ではなく、弦の張力の方向(弦に対して斜め方向)に指を動かす必要があります。音量も大きいし、音色も意のままに変えることができます。今回はここまで。おわり。