月の石

旅に出られない日々は、本の中を浮遊しています。

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マガジン

  • アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

    古いブログに細々と書いていたものを、コミケの薄い本「ポルトガルよろず本」に寄稿したのが数年前。もう少し整理して、さらに文章や写真を加えて、noteに掲載しました。旅が好きな方、文学が好きな方がいらして下さったことが日々ささやかな喜びになりました。またいつか読み返して頂きたくてマガジンにしました。また来てくださいね。

最近の記事

海と時を越えるために、文学はある。~スコット&ゼルタ・フィッツジェラルドの時空を浮遊するゴールデンウィーク

ゼルタ・フィッツジェラルドの伝記を春先から読んでいたら、昔読んだはずのスコット·Fの作品を読みたくなり、日本の古本屋サイト等でいくつか買い集めた。 自分では既に何冊か持っていたはずと思って探してみたが見当たらない。学生の頃は金がないので図書館で借りてたのだな、きっと。折角なので新訳を買う。 やはり、村上春樹氏の訳は読みやすい(字が大きいからという声も) 長編は「ギャッピー」と「ラストタイクーン」以外未読だったので「夜はやさし」も購入した。昭和35年初版という文字におののく

    • 「第8章 懐かしのリスボン Lisboa Antiga」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

      リスボンの街を、魚に乗って浮遊したかのように巡った主人公は、その夜再びアルカンタラ桟橋を訪れる。会う約束をしていた「詩人」に会うために。この詩人は、物語のどこにも書かれてはいないが、間違いなく「フェルナンド・ペソア」である。 そういえば、ペソアも旅行記を書いてる。「ペソアと歩くリスボン」。 実はこの本も「レクイエム」と同時期に購入して、初リスボンの前に 読もうと試みたが、最初の数ページで本を閉じてしまった。実際に行った後ならまた違った印象を持つかもしれない、と何度もトライは

      • 「第7章 世界一美しい郷土会館」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

        小説「レクイエム」の中で、私がもっとも心を惹かれた場所が「アレンテージョ会館」だった。原文では、Casa do Alentejo。いろんなポルトガルに関する本やガイドブックに「アレンテージョ会館」と表記されていることが多いのは、この小説の日本語訳がオリジナルなのだろうか。実際に行ってみると本当に美しすぎて、「会館」と言ってしまっていいものか、ちょっと思うところはある。が、「アレンテージョ会館」がもう馴染んでしまっていて、何故かしっくりくるのだ。 入り口は本当に目立たたない。

        • 「第6章 一番美味しかったのは、漁師のまかない料理だった」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          主人公が乗り込んだのは電車、カスカイス行のコンボイオ。私が国立古美術館に行くときに乗ったのと同じ、カイス・ド・ソドレからカスカイスに続く「A linha de Cascais」(カスカイス線)だ。 この線は、ポルトガルに行くたびに、時間があるとよく乗った。車窓のテージョ川や、ベレン地区の歴史的建造物、4 月25 日橋、エストリルの海岸線などを楽しみながら、30分ほどでこじんまりとした可愛い海辺の街に着く。気軽にリゾート気分も味わえる。 初めてカスカイスに行ったのが1999

        • 海と時を越えるために、文学はある。~スコット&ゼルタ・フィッツジェラルドの時空を浮遊するゴールデンウィーク

        • 「第8章 懐かしのリスボン Lisboa Antiga」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

        • 「第7章 世界一美しい郷土会館」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

        • 「第6章 一番美味しかったのは、漁師のまかない料理だった」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

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        • アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン
          9本

        記事

          「第5章 魚に乗って空を飛ぶ人々」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          主人公が次に向かうのが、「国立古美術館」(Museu Nacional de Arte Antiga)。翻訳本では「国立美術館」となっているが、観光ガイドは「古」が入っている。Arte Antiga なのでこちらが正確と言えるだろう。 1999 年、初めてポルトガルに行く前に「レクイエム」を読んでみたものの、具体的には何なのか、何処なのか、もちろん判るわけのないキーワードが続く中で、唯一具体的に行けそうだと思って実際に出かけた場所がこの「国立古美術館」だった。 当時は、イ

          「第5章 魚に乗って空を飛ぶ人々」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          「第4章失われた人々、そして食事の時間」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          アルカンタラ桟橋で主人公は、「カパリカ海岸」へ行く人の多さにうんざりだ、と語った。ところが、プラゼーレシュ霊園にある、古い友人の墓の前に飾られていた写真の背景が、やはり「カパリカ海岸」であることに気づく。 カパリカ海岸(Costa da Caparica)は、テージョ川が海に出て南側に広がる海岸線にある。さらに南に下れば、Praia da Mataというビーチなどもある。なので、夏になればここはリスボンはもちろん近辺からの海水浴客で大賑わいとなる。 リスボンからカリパカ海

          「第4章失われた人々、そして食事の時間」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          「第3章 プラゼーレシュ霊園 - アマリアはもうここにいません。」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          あまりの暑さに、主人公は偽物のラコステのシャツをプラゼーレシュ霊園前の路上で買う。普通のシャツにワニのワッペンを貼ったものである。 プラゼーレシュ霊園と言えば、少し前まではガイドブックに載る人気スポットだった。お墓が人気スポットとは? そう、以前そこにはポルトガルで一番有名な人物が葬られていたからだ。 アマリア・ロドリゲス ポルトガルを代表する世界的な歌手。1999 年の10 月に亡くなった。私が初めてポルトガルに行って、帰ってきて一週間後ぐらいだった。あ、お土産のCD

          「第3章 プラゼーレシュ霊園 - アマリアはもうここにいません。」アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          「第2章 名前も知らない公園で」 アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          アルカンタラ桟橋で、詩人との約束の時間を間違えたことに気付いた主人公は、近くの公園へ向う。公園の名前は書かれていない。そこで、ここではこの章に出てくるいろんなキーワードに思いを巡らそうかと思う。 まず、主人公はアゼイタンにある友達の農場で昼寝をしていたところ、詩人に呼び出されて(おまけに彼は「幽霊」なのだ)ここに来た、と言う。アゼイタンという単語に聞き覚えがあるような気がした。調べると「アゼイタオン」と表記されることもあるという。「トルタ・デ・アゼイタオン」という名のポルト

          「第2章 名前も知らない公園で」 アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          「第1章 まだ海じゃない。アルカンタラ桟橋」 アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          「今世紀(20 世紀)最高の旅行作家」とも呼ばれているタブッキ。「レクイエム」の解釈とかは他の批評論に任せて、私なりに、小説の背景となる場所や、それを巡る思い出を、物語を追いながら、綴っていきたいと思う。 アルカンタラ桟橋 「アルカンタラ」Alcântara と聞くと、リスボンでは、まず展望台を思い浮かべる人も多いと思うのだが、「レクイエム」の主人公が最初に向かうの は、テージョ川沿いのアルカンタラ桟橋の方だ。主人公である「私」は、友人の農園で寝ていたらいきなりここへ来た、

          「第1章 まだ海じゃない。アルカンタラ桟橋」 アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン

          アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン #0

          はじめに 私の生涯の愛読書のひとつになるであろう一冊が、イタリアの作家アントニオ·タブッキの「レクイエム」。イタリア人である作家が、唯一ポルトガル語で書いた作品である。 1999 年、初めてポルトガルに行く前にこの小説を購入した。その時は当然ポルトガルのことを全く知らない訳なので、幻想の中の架空の町にいる心地で、その世界に入り込んだものだ。 それから少しずつ、ポルトガルに行くたびに、作品の中に登場する場所に足を運んだりした。最近、また読み直す機会を得て、やっと実際の絵がお

          アントニオ・タブッキの「レクイエム」で巡るリスボン #0