ドップラー効果を波動方程式から出す
昔からドップラー効果の説明が苦手だった。音源や観測者が動くとして波の数を数えるたいな説明を聞いた気がするけど胡散臭いと思ったし、観測者が動く場合と音源が動く場合で結果が同一でないのも不思議だった。
人類の数学力は平均的に低すぎるので、初等的な算数で済ますしかない面はあるのだろうが、数学的難しさに負けて精密な計算を放棄するのはよくないと思う。検算として直感的な説明を利用するのは悪くないと思うけど。
数式を使わずに何かを説明したという本は溢れてるのに、逆がないのは悲しい。
音響学といえば、レイリーが19世紀に書いた本は有名で、Theory of sound Volume II p.155で、ドップラー効果に触れているけど、言葉による説明があるだけ。
音の伝播と言えば、とりあえず波動方程式だろうと思うけど、波動方程式を使ってドップラー効果を説明している文献が見当たらないので、計算してみた。
座標系
座標系は、音を伝える媒質(空気でいいだろう)が静止しているように取る。
音源や観測者が移動してる話なので、音源や観測者が静止している座標系で考えてもいい気がする。特に、観測者自身が静止している座標系で考えるのは自然に思える。観測者が車に乗って移動してるとしたら、車内部に固定した座標系で考えたくもなるだろう。
しかし、空気が動いて見える座標系では、波動方程式の形が複雑になって計算が難しくなる。そのような座標系でも結論が変わらないということを示すのは意味のあることかもしれないが、敢えて話を複雑にすることはないだろう。
で、そういう座標系で、波動方程式は
$${ \dfrac{1}{V_{音}^2}\dfrac{\partial^2 \Phi}{\partial t^2} - \dfrac{\partial^2 \Phi}{\partial x^2} - \dfrac{\partial^2 \Phi}{\partial y^2} - \dfrac{\partial^2 \Phi}{\partial z^2} = F(t,x,y,z) }$$
という形。$${\Phi,V_{音},t}$$は、速度ポテンシャル、音速と時間。$${x,y,z}$$は、位置座標。$${F(t,x,y,z)}$$は音源項。音の吸収による減衰は考えない。
速度ポテンシャルは、流速場が渦なしであることから定義され、流速場が$${-\nabla \Phi}$$になる。実際に、音として直接検出する量は圧力場で、$${\rho_{air} \dfrac{\partial \Phi}{\partial t} }$$と書ける。$${\rho_{air}}$$は空気密度。以下では、速度ポテンシャルのみを扱う。
音源として、点単極子源を考える。点単極子源は、数学的には多重極展開から出すが、十分遠方(波長に比べて)では音源の大きさは無視できるという近似。重力の場合に、十分遠方では、重力源の大きさは無視して、質点と考えてもいいというのと、全く同じ。重力の場合も多重極展開で正当化や誤差評価できる。
点単極子源では、全方向に等方的に音が伝播する。指向性の強い音というのもありえるし、人間の発する声も、頭が障害物となって、前方と後方では伝播の仕方が変わってくるとは思う。そういう面倒なことは、全て考慮しない。
音源が固定されている場合
音源が原点に固定されている時、波動方程式の右辺で
$${F(t,x,y,z) = q(t)\delta(x)\delta(y)\delta(z)}$$
とすればいい。$${q(t)}$$は、音源位置で発生している音の波形を表す関数で$${\delta}$$はデルタ関数。
波動方程式の解は、グリーン関数の理論によって
$${\Phi(t,x,y,z) = \dfrac{q(t - \dfrac{r}{V_{音}})}{4 \pi r}}$$
$${r = \sqrt{x^2+y^2+z^2}}$$
となる。受信者が、位置$${X,Y,Z}$$で止まっているなら、受信する信号$${S(t)}$$は、単に
$${S(t) = \Phi(t,X,Y,Z)}$$
となる。正確には、この時間微分の定数倍が圧力変動だが、積分すれば同じことなので受信信号と呼んでもいいだろう。
次に、観測者が、$${x}$$軸方向に動いてるとする。今は、明らかに、原点周りの回転について等方的なので、移動する向きは重要でない。
時間$${t}$$の受信者の座標を$${(X+V_{受}t , Y , Z)}$$としよう。
時間$${t}$$で"聴く音"は
$${S(t) = \Phi(t,X+V_{受}t , Y, Z)}$$
の時間微分になる。
仮に$${t \lt 0}$$で$${q(t)=0}$$で$${Y=Z=0}$$かつ$${X \gt 0 , V_{受} \gt V_{音}}$$だとすると$${S(t)=0}$$で、音より速く音源から遠ざかると音は聞こえないという当たり前のことが分かる。
$${S(t)}$$で、送信波形から受信波形を計算することができるので、これだけでも意味はあるが、通常のドップラー効果の式との繋がりは明らかでない。
$${S}$$を$${t}$$で微分して$${\dfrac{dS}{dt}}$$を調べよう。
$${\left. \dfrac{dS}{dt} = \dfrac{\partial \Phi}{\partial t} + V_{受} \dfrac{\partial \Phi}{\partial x} \right|_{(t,x,y,z)=(t,X+V{受}t,Y,Z)}}$$
であるが、結果は意外と複雑で
$${ \dfrac{dS}{dt} = \dfrac{1}{4 \pi r(t)} \left(1 - \dfrac{V_{受}(X+V_{受}t)}{V_{音} r(t)} \right)q'(t - \dfrac{r(t)}{V_{音}}) -\dfrac{V_{受}(X+V_{受}t)}{4\pi r(t)^3} q(t- \dfrac{r(t)}{V_{音}}) }$$
$${ r(t) = \sqrt{(X+V_{受}t)^2+Y^2+Z^z }}$$
となる。
$${Y=Z=0}$$の時は$${r(t)=|X+V_{受}t|}$$なので
$${ \dfrac{dS}{dt} = \dfrac{1}{4 \pi r(t)} \left(1 \mp \dfrac{V_{受}}{V_{音}} \right)q'(t - \dfrac{r(t)}{V_{音}}) \mp \dfrac{V_{受}}{4 \pi r(t)^2} q(t- \dfrac{r(t)}{V_{音}}) }$$
となる。$${\mp}$$は、$${X+V_{受}t}$$の正負による。$${V_{受} \gt 0}$$で$${X+V_{受}t \gt 0}$$なら、受信者は音源から遠ざかっている。
角周波数$${\omega}$$に対して、$${q(t)=e^{\sqrt{-1} \omega t}}$$とすると
$${ \dfrac{dS}{dt} = \sqrt{-1} \omega \left(1 \mp \dfrac{V_{受}}{V_{音}} \right)S \mp \dfrac{V_{受}}{r(t)} S}$$
を得る。これに空気密度を掛けたものが検出される圧力変動。第二項は減衰項で、音源から遠ざかれば音は小さくなるし、近づけば大きくなるという単純な事実を書いてるだけ。
第一項がドップラー効果を表す項で、遠方では第一項より第二項が早く小さくなることから、第二項を落とすと、
$${ \dfrac{dS}{dt} \approx \sqrt{-1} \omega \left(1 \mp \dfrac{V_{受}}{V_{音}} \right)S }$$
となる。この式は簡単に積分できて、周波数が変化した波が見えることが分かる。これで、受信者が移動する場合のドップラー効果が計算できた。
音源が移動する場合
次に、音源が動いて、受信者は静止しているとしよう。$${x}$$軸上を速度$${V_{送}}$$で動き、時刻$${t=0}$$では原点にいるとする。この状況は波動方程式の音源項を
$${F(t,x,y,z) = q(t)\delta(x - V_{送}t)\delta(y)\delta(z)}$$
とすることで表現できる。
頻出する式ではないが、電磁気学のリエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャルの計算と本質的には同じ状況。リエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャルでは電荷は一定だったが。
$${ \Phi(t,x,y,z) = \dfrac{1}{4\pi} \displaystyle \int_{-\infty}^{+\infty} \dfrac{q(t')}{r(t')} \delta(t - t' - \dfrac{r(t')}{V_{音}}) dt' }$$
$${r(t') = \sqrt{ (x-V_{送}t')^2 + y^2 + z^2 } }$$
となる。直感的には、過去の全時刻で発生した音の重ね合わせとなっている。
積分区間が時間全部になってるが、$${t \lt t'}$$の時は、デルタ関数が0になるので、(当たり前だが)未来の音が聞こえることはない。
デルタ関数の公式
$${ \displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} \delta(f(x)) g(x) dx = \displaystyle \sum_{i}\dfrac{h(x_i)}{|f'(x_i)|} }$$
$${f(x_i)=0}$$
を使うために
$${t - t_{i} - \dfrac{r(t_i)}{V_{音}} = 0}$$
の解$${t_{i}}$$が必要になる。無次元量$${M= V_{送}/V_{音}}$$を導入して
$${ (1-M^2)t_{i}^2 + 2 \left( \dfrac{x M}{V_{音}} - t \right) t_{i} + \left( t^2 - \dfrac{x^2+y^2+z^2}{V_{音}^2} \right) = 0}$$
という二次方程式になる。
送信者が超音速で移動するという状況は想定してないので、普通に$${M \lt 1}$$として、また、未来の音が聞こえることもないという条件$${t_i \lt t}$$を満たす解は、唯一つ
$${t_{i} = \dfrac{(V_{音}t - M x) - \sqrt{(x-V_{送}t)^2+(1-M^2)(y^2+z^2)}}{V_{音}(1-M^2)} }$$
のみ。従って、
$${ \Phi(t,x,y,z) = \dfrac{q(t_{i})}{4\pi r(t_i)} \dfrac{r(t_i)}{r(t_i) - M (x-V_{送}t_i)} }$$
となる。受信者の位置$${(x,y,z)}$$が固定されてるとして、$${S(t) = \Phi(t,x,y,z)}$$が受信信号。
例によって、$${\dfrac{dS}{dt}}$$を調べたいが、$${q}$$と$${q'}$$に比例する項が出るだろう。$${q(t) = e^{\sqrt{-1} \omega t}}$$として$${\dfrac{\partial }{\partial t}q(t_i)}$$のみが知りたい。
$${t = t_{i} + \dfrac{r(t_{i})}{V_{音}}}$$
を思い出して
$${ \dfrac{\partial t_{i}}{\partial t} = \dfrac{1}{1-M \dfrac{x-V_{送}t_i}{r(t_i)}} }$$
となり、$${y=z=0}$$の時は、$${r(t) = |x - V_{送}t|}$$であるから、音源が動く時のドップラーシフトの式を再現する。
計算はそこまで複雑ではないが、思ったよりも高度かもしれない。