![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/12902869/rectangle_large_type_2_3aebcb76a7720169d931450e0c4a7155.jpeg?width=1200)
おじいさんと雨
本当は早く終わってほしかった。
おじいさんの話を聞きながら、僕は雨が心配だった。
朝のお天気おねえさんが言っていた通りに、雲は今まさに頭上に集まりつつあった。おじいさんはとても楽しそうだ。たいした相槌も返せないけれど、おじいさんはどんどん話を前に進めた。僕はただ静かに話がきりのいいところまで行って落ち着くのを待った。
(それではまた)
別れの言葉をポケットの中で温めていた。もうそろそろ話は出尽くしたようだ。おじいさんの声もゆっくり着地に向かっているように思えた。
「けどね…」
おじいさんは自らの話を引き継いで話し続けた。
終わったようで終わっていない。
魔法のけどねを唱えると話のゾンビが復活して、再び活発に動き始めた。
おじいさんは少しも雲の流れを気にする様子はない。久しぶりに釣れた魚を出迎えるように、全身を使いながら語っている。
「けどね」ゾンビは何度でも復活した。おじいさんは話が好きだ。
(それではまた)
さよならはポケットの中で飛び出していくチャンスを見送り続けるしかなかった。
いよいよ雨が心配になった。
おじいさんは益々脂がのってきた。
これが最後の話だとでもいうように一切を出し惜しみしなかった。
おじいさんは少し昔の話をした。少し腰の痛い話、元気な孫の話、世知辛い世の中の話をした。それから少し僕のことを気にかけた。
終わらない話の中で雨は降り始めた。
おじいさんの顔が濡れているけれど、相変わらず楽しそうだ。
僕は傘を開き、傘の下で話を聞いた。
雨が傘の上で弾けておじいさんの声に交じった。時々おじいさんの声が途切れた。見えない隙間を想像と努力で埋めた。ようやくおじいさんも傘を開いた。傘の下で楽しそうに話している。
雨粒が大きくなって傘を打ちつけた。おじいさんは平気な顔で話し続ける。
時々おじいさんは笑った。きっとそれは楽しい部分なのだ。合わせて僕も笑う。
風を伴って雨はどんどん激しくなって行く。
もう、ほとんど話は見えなくなってしまった。
雨は冷たい打ち消し線だ。
その向こう側でおじいさんの口は開き、舌が高速で回転している。
純粋な雨音の中に、時々擬音のようなものが入り交じった。
一つも伝わっていないのにまるで平気なおじいさん。おじいさんの口元を見ているとだんだん楽しくなってきて僕は笑った。
やっぱり、おじいさんは話が好きだ。
雨に負けずに、おじいさんも笑った。