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【コラム・エッセイ】寿司の道

 急に寿司が食べたくなった。自分で握ることは簡単ではない。寿司職人になるには十年以上もかかると聞いたことがある。ということで、僕は百均ショップに向かった。そこに行けば寿司の型があると聞いたのだ。キッチン・コーナーにはおにぎりの型はあったが、寿司のはなかったので店員さんを捕まえて聞いてみた。

「12月から一度も入荷していないようです」

 そんなことが……。
 もう4月だというのにおかしな話だ。


 寿司のことばかり考えていると背中に鰭がついたり、頭に魚がのったりと、体に様々な影響が出ることがある。食べたいものが食べられなかったり、思うように事が進まなかったりして、自分でも思ってもみなかった方向に結果が現れる。そうした時に、慌て騒がず、どれだけ落ち着いていることができるか、メンタルの強さが試される。
 顔や頭に魚が現れれば、すぐにそれを目に入れて、お前は魚だ、お前は肉だ、お前は寿司だ、お前はスシボンバーだ! などと言い出す者が出てきてしまうが、そこには落とし穴も待ち受けている。
 人を直接的に食べ物で表現することが問題視される傾向は年々強まっており、現代社会では一気に国際問題にまで発展する事例まで出てきている。そうならないためにも普段からしっかりと守備を堅め、ストライカーによる個人技の突破にも動ぜずに向き合うことが肝要ではないか。

 寿司は心のふるさとである。何でも口に入ればいいと言う人もいるが、それではネタも広がらないではないか。ご存じのように寿司を取り巻く状況には様々な要素があり、ネタ、シャリ、わさび、醤油と、どれもが重要な位置を占めているようだ。
 わさびなんかいらねえよと言う人もいるようだが、そのような多くの意見を尊重し、現在では予めわさびを抜いた寿司も、珍しいものではなくなった。そうしたスタイルが定着したあとでは、わさびが標準で入っている場合に逆に驚くばかりではないだろうか。

 わさびは、独特の香辛料であり、利きが強すぎるとツーン!ときてしまうので油断ならない。いやいやツーン!とくるくらいじゃないとわさびじゃないよ、それこそがわさびのよいところじゃないかと言う人もいるが、そういう人は決まってわさび好きである。わさびが好きな人からすれば、わさびが苦手という人を理解できず、反対にわさびが苦手な人からすれば、わさびが好きなどという人は、まるで宇宙人のようにも思えるのではないか。苦手な人にしてみれば、わさびの話を聞かされるだけでもうんざりした気分になるものである。

 わさびには多様な種類があり、本わさび、練りわさび、刻みわさび、S&Bわさび、ハウスわさび、静岡わさびなどが有名である。また、少し穿った見方ではあるが、音変化として「わびさび」をこの中に加えてみるのも味変としては魅力的だろう。わさびが活躍する場としては、寿司の他に蕎麦や素麺のつゆの中なども一般的で、またお茶漬けの中に気持ち入れていただくという楽しみ方もあるようである。わさびの風味は絶妙なアクセントとなり、主役の座を一層引き立たせることは言うまでもない。

 寿司を食べるとしてもそのシチュエーションは様々である。回る寿司、回らない寿司、自転車で運ばれてくる寿司、持ち帰る寿司。その中に自分で作る寿司という選択肢を加えてみてはいかがだろうか。寿司型と寿司酢とご飯とネタさえあれば、案外簡単に寿司はできるのである。そんなことあるか、自分でできるものか、面倒くさくてやってられねえよ、と言う人は実際に自分でやってみるとよい。

 用意するもの
・モチベーション
・炊飯器
・お米
・杓文字
・寿司型
・寿司酢
・寿司ネタ
・醤油(お好みによりわさび)

 寿司ネタは夕暮れのスーパーに行けば昼間よりも安く手に入れることができる。馬鹿野郎、スーパーなんか面倒臭くて行ってられるか、そこまでして食いたくねえんだよ、タコがという人は、無理してスーパーに行くこともない。ちょっと冷蔵庫を開けて眺めてみれば、答えはすぐそこにある。もしも、そこにカニかまを見つけたとしたら、それが答えだ。誰かに食わせる寿司じゃない。あくまで自分が楽しむための寿司なのだから、余分な先入観にとらわれることなく、様々なネタに挑戦してみてはどうだろうか。きっと自分で作る楽しみは、どんどん広がっていくはずである。


 寿司型の売り切れていた百均ショップを出て、僕は隣町まで歩いた。途中カフェに立ち寄って、色々なことを考えた。近頃は明るい話よりも、そうでない話の方をよく耳にする。よくないことは続くというが、実際そんな傾向もあるのだろうか。足を止めて考え込んでいると、すっかり気が滅入ることもある。夜に向かっていく街の景色は嫌いではないが、閉店に向かっていく店の気配がもの悲しく感じられることもある。変わらない信号が一段と胸の奥をブルーにする。瞬く間にすぎていく時間が夢のように楽しいのなら、人生は一瞬の物語であってもわるくないのだと思った。あの人、たった一人で車を誘導してすごい。僕は思い出した。
 スーパーの2階に続くエスカレーターは恐ろしく細い。いつかきた百均ショップに、最後の1つがあった。

 あった! あったぞー!

 僕は寿司型を手にあれこれネタを考えながらレジへ向かった。



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