大甲子園メシ
ファンファーレが鳴ってご飯が炊けたが、誰も「いただきます」を口にすることはできなかった。杓文字がないことがすぐに発覚したからだ。
「冗談じゃない!」
「どうやって装うと言うの?」
今にもちゃぶ台がひっくり返りそうだった。
チャカチャンチャンチャン♪
「甲子園に行ってしまったわ」
おふくろが事情を打ち明けた。
10年に1度の甲子園が開かれたのだ。
「杓文字でホームランが打てるか!」
「杓文字はホームランを打たせる方よ!」
太鼓やトランペットが不足している時代、緊急招集されたのが杓文字だった。杓文字は楽器として優れ、寄せ集めるにも容易だったからだろう。しかし、そんな背景も忘れてご飯を炊いてしまった家庭は、大混乱に陥ることになった。下町にある小さな一軒家も例外ではない。
「どうするの。パンにする?」
おやじの首は縦に折れなかった。
チャカチャンチャンチャン♪
「行こう! 愛するメシのために!」
「鳴り物入りで行こう!」
「みんなで行きましょう!」
「ワン!」
ちゃぶ台を中心に家族がまとまった。
ジェット風船に乗って、僕らは球場に向かった。