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恋する棋士

 君はよく考える人だ。若い頃の私は今と比べれば考えることができた。それにしても君にはとてもかなわない。暇さえあれば君は将棋のことばかり考えている。暇という概念はもはや存在しないのだろう。言われてやる努力なんて続かない。本当に強いのは自然と向かう者。つまりは恋する者だ。恋は誰にも止められない。強くなるかどうかは恋するかどうかによって決まるのだ。すぐに醒めてしまうような柔な恋じゃない。終わりのみえない探究の恋だ。恋する者は強い。そして恋することによってどんどん強くなって行くのだ。もはや手に負えないことは明らかではないか。
 銀を出る手、香を打つ手、馬を引く手、歩を叩く手……。次の一手は、君にいい手ばかりがある。つまりは君が必勝だ。私はもうとっくに倒れている。それでも君は先の先を考えているんだな。私に勝つくらいは簡単すぎる。すぐに終わらせることもできるのに、未来へ力を溜めている。
 若い頃に比べ私は物わかりがよくなりすぎたようだ。
 さあ、投了の準備はできたぞ。
 私は君の敵じゃない。

「失礼します」

 そして、君は席を立った。
 私はゆっくりと身支度を整えながら勝者の帰りを待っている。



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