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予想より強く出た雇用レポート(BLS)のレビュー(25年2月7日)
【予想を下回った非農業部門雇用純増】
1月の労働統計局の雇用レポートが発表されました。非農業部門の雇用純増が予想を下回りました。
非農業部門雇用純増 : 14.3万人(予想: 16.9万人、前月修正:+5.1万人 / 実績: 30.7万人)
【しかし、直前2か月分の上方修正】
雇用純増が予想を下回ったことを受けて、金利は急落しました。しかし、その後すぐに反発しました。
その理由は、直前2か月分の雇用純増が10万人上方修正されたためです。
この修正を考慮すると、今回の雇用レポートを単純に『予想を下回った』とするのは難しいでしょう。
【賃金上昇率は予想を上回る】
平均時給の上昇率も強い結果となりました。予想を0.2%p上回る伸びを記録しました。
前月比: +0.5%(予想: +0.3%、前月: +0.3%)
前年比: +4.1%(予想: +3.8%、前月修正: +0.1%p / 実績: +4.1%)
【失業率は予想を下回る】
失業率は予想を下回る結果となりました。
失業率: 4.0%(予想: 4.1%、前月: 4.1%)
このように、全体として予想以上に雇用が強い結果となったため、金利は再び上昇に転じました。
【ただし、①天候要因が反映された賃金上昇率】
全体的に強い結果のように見えますが、実際にはそこまで強くなかったのではないかと考えています。これを1つずつ整理していきます。
まず、予想を上回った賃金上昇率についてです。ここでいう賃金上昇率とは「平均時給の上昇率」を指します。もし総賃金額が同じでも、労働時間が減少すれば平均時給は上昇します。そのため、労働時間とセットで見る必要がありますが、今回のレポートでは労働時間が減少していました。
一般的に労働時間の減少は労働市場の弱体化を意味します。仕事量が減少し、残業をする必要がなくなるためです。ただし、一時的な要因も影響を及ぼします。その代表的なものが「天候」です。
例えば、2024年1月には厳しい寒波の影響で労働時間が予想を下回りました。(実績: 34.2時間 / 予想: 34.3時間)その結果、平均時給の上昇率も市場予想を大きく上回る結果となりました。(前月比: +0.5% / 予想: +0.3%)
今回も同様の現象が発生しました。今回も一定程度の寒波がありました。さらに、西部の山火事も発生しました。この影響により、天候の影響を受けた労働者の数が昨年1月と同様に増加したことが分かっています。
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この影響で、2025年1月も労働時間が予想を下回りました。(実績: 34.1時間 / 予想: 34.3時間)
このような場合、時間当たり賃金の上昇率と週平均労働時間を総合的に考慮した「週次総合賃金(Index of Aggregate Weekly Payrolls)」を確認する必要があります。 これは前月比+0.25%と安定的な動きを見せました。 また、週次総合賃金の前年比上昇率の推移を見ると、コロナ前の水準に近づきながら横ばい状態を続けています。 この点を踏まえると、時間当たり賃金の上昇率は予想より高く出たものの、全体的な報酬の観点では再加速の兆候は見られませんでした。
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【しかし、② 過去の修正が頻繁に行われる月間雇用純増】
次に、修正値を考慮した場合、予想を上回る月間雇用純増について見ていきます。 今回は直前2か月分の雇用データが上方修正され、直近3か月の雇用純増が上昇傾向を示しました。 これを根拠に、一部では「雇用純増が加速している」と指摘する声もあります。
しかし、これをそのまま受け入れるのは難しいのが現状です。 なぜなら、このデータには「朝三暮四(短期的な調整による錯覚)」のような特性があるためです。 毎年1月のデータが発表される2月には、過去の月間雇用純増データに大規模な修正が加えられる傾向があります。 今回も例外ではなく、その結果は次のようになりました。 青色: 既存の発表データ 緑色: 今回の修正後のデータ 1月~9月: 既存発表値よりも修正後の値が低下し、合計34万人の下方修正が行われた。 10月: ほぼ変わらず。 11月・12月: 修正後の値が10万人上方修正された。 つまり、直近3か月分だけが上方修正され、それ以前のデータはすべて下方修正される形となった。 こうなると、「直近2か月分の雇用データが好調だった」と単純に評価するのは難しいでしょう。 むしろ、全体的に見ると過去の雇用データは減少方向に修正されたため、雇用の増加傾向が持続しているとは言い切れないのです。
このようなことは一度や二度ではありません。 FRB(米連邦準備制度)がインフレに対して決定的な判断ミスを犯した時期にも、雇用純増データが後になって大幅に修正されたことがありました。
この点について、ティミラオスNick Timiraosも指摘しています。 彼は、最初の発表時点、2024年12月のデータ、そして今回発表されたデータを比較し、月間雇用純増がどのように修正されてきたかを整理しました。 その結果、次のような変化が見られました。
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こういった場合、他のデータと組み合わせて分析することが重要です。 代表的な指標の一つとして、ADPの非農業部門雇用純増があります。 ただし、変動の大きい月ごとのデータと比較するのではなく、少なくとも3か月平均の推移を確認する必要があります。
今回発表された BLS(米労働統計局)の雇用純増の3か月平均推移 は以下の通りです。上昇傾向 を示しています。
11月: 18.2万人 → 12月: 20.4万人 → 1月: 23.7万人
一方、ADP(民間給与計算会社)の非農業部門雇用純増の同じ基準での推移は以下の通りで、やや減少傾向 にあります。
11月:20.6万人 → 12月: 20.0万人 → 1月: 18.8万人
このような状況では、昨年中盤に落ち込んだ水準からある程度回復したものの、強い反発トレンドが続いているわけではない と解釈するのが適切でしょう。
また、2021年の大規模なデータ修正の経験を踏まえ、現在のFRB(米連邦準備制度)は雇用データを総合的に活用しています。BLSの公式データだけでなく、民間企業のデータも参考にし、FRBの理事個人が企業調査を行っている可能性もあります。特に、FRBが最も重要視している指標の一つは「失業者1人当たりの求人倍率」 であり、この数値は安定的に推移しています。
【しかし、③失業率の変動は大規模なデータ修正の結果】
毎年2月に雇用データが発表されるときには、修正が非常に多くなる。 BLSの雇用統計は2つの調査に分かれる。 1つは企業対象調査で、非農業部門雇用純増、賃金上昇率、労働時間が含まれる。
昨年8月に発表されたQCEWの「実は雇用が81.8万人も過大計上されていた」という指摘は、ここに影響を与える。 参考までに、実際に該当期間(2024年3月まで)で修正された数値は、当初の昨年8月の発表で示された81.8万人より少ない58.9万人だった。 コロナ以降、特にこの傾向が強くなっており、 毎年2月に発表される最終修正では、企業の開業・閉鎖比率が雇用に対してやや肯定的な影響を与える傾向がある。 一方、8月に発表される一次データは、不法移民の影響で雇用がやや否定的に出る傾向がある。
次に家計対象調査がある。 ここには人口、労働参加率、失業率が含まれる。 このデータも毎年2月の発表時に大規模な修正が行われる。 ただし、企業調査との違いとして、 企業調査は過去の数値を1か月ごとに修正するのに対し、 家計調査は12月までのデータはそのままにし、1月にすべて修正分を反映する。 その結果、家計調査基準の雇用純増は、今回の月間単位でなんと223.4万人にもなった。
今回の変化で最も大きな要素は、人口が304.7万人も増加したことだ。 これは、予想をはるかに上回る移民の増加が反映された結果である。 ただし、今回の数値が大きく出ることはすでに予想されていた。 なぜなら、家計調査のベンチマークとして参照されるデータは、昨年12月に米国国勢調査局がすでに修正を行っていたからである。 その修正によって、移民の増加がさらに大きく反映されることになったのだ。
このように、移民の増加が大きく反映されると予想されたため、アナリストたちはこれが失業率にわずかながら悪影響を与える要因になると考え、予想値に織り込んでいた。 その理由は、移民の失業率が伝統的に米国生まれのアメリカ人よりもやや高い傾向があるためである。 (昨年12月時点で、米国生まれの失業率は3.7%、海外生まれの失業率は4.3% だった。) したがって、移民が急増すると、最近の低い週次失業率の動きにもかかわらず、失業率が横ばいになるのではないかと考えられていた。
しかし、今回のデータを見てみると、予想以上に米国生まれの人口増加が大きかったことがわかった。 当初、移民が200万人以上増加すると予想されていたが、 実際に蓋を開けてみると、米国生まれの増加が145万人、海外生まれの増加が160万人で、ほぼ同じ規模だった。 (参考までに、米国国勢調査局は、人口増加のうち移民の純増が84%を占めると見ていた。) この結果、失業率はわずかに低下することになった。
今回の家計対象調査データの大規模修正は、むしろ別の面で大きな意味がある。 それは、これまで家計対象調査と大きな差を見せていた「雇用純増」において、ほとんど違いがなくなった点である。 2023年1月から2024年12月まで、企業対象調査基準の雇用純増は525万人だったのに対し、家計調査基準では240万人にとどまっていた。 しかし、今回の企業対象調査が下方修正され、1月までを含めると企業の雇用純増は473万人になった一方、家計調査の雇用純増は223万人も増加し、同期間で464万人となった。 これまで、企業対象調査は信頼できず、家計対象調査が正しいという見方や、 それゆえに米国の雇用は崩壊し、すでにスタグフレーションに突入しているという一部の主張があったが、 今回の修正により、完全に覆されることになった。
【現在より重要な未来 - 結局、移民規制がどの程度影響を与えるのか】
物価において関税が不確実性の要因であるならば、 雇用においてはトランプの反移民政策が不確実性の要因である。 果たして、移民の流入がどれほど減少するのか、どれほどの移民が追放されるのか、どれほどの移民が恐れて身を潜めることになるのか、 正確に知ることは難しいからである。
2019年12月以降、現在までのBLSの雇用報告によると、米国の人口は約1,250万人増加した。 このうち、1/3の450万人が米国生まれ、2/3の800万人が海外生まれである。 米国の人口増加は、確実に海外生まれの移民によって主導されている。 ここで一つの特徴が見えてくる。 それは、海外生まれの人々は労働意欲が高いため、労働参加率は米国生まれよりも高い一方で、 その中でもまだ職を得ていない人が多いため、失業率も米国生まれより高いという点である。
昨年12月時点のデータ
・労働参加率の比較:
米国生まれ: 61.4% 海外生まれ: 65.7%
・失業率の比較:
米国生まれ: 3.7% 海外生まれ: 4.3%
したがって、反移民政策は次のような影響を与えると考えられる。
・人口増加の鈍化
・労働参加率の低下
・失業率の低下
・月間雇用純増の鈍化
・失業者総数の減少
反移民政策が影響を与えない項目があるが、それが「求人公募」である。 企業が求人を出す際に、移民が増えるか減るかは考慮しない。 ただ必要な労働力があれば求人を出すのが求人公募である。
そのため、特異な組み合わせが生じることになる。 つまり、FRBが重要視する「失業者1人当たりの求人公募比率」が堅調に維持され、 この点が米国労働市場の急激な下落傾向をより長期間にわたって防ぐ可能性があるということだ。
これに加えて、DOGEの影響で政府部門の雇用が当面低迷する見込みである。 これは月間23万人の非農業雇用純増を支えてきた政府部門での一部減少を意味し、 政府部門で10万~20万人の失業増加を意味する。
【雇用指標に対する考え方】
このように、トランプ政権の政策は、ある側面では米国の労働市場を弱く見せる要因となり(投資家が雇用純増を最も重視する点 + DOGEの影響で短期的に失業が増加する可能性)、 同時に、労働市場を堅固に見せる要因ともなり得る(低い失業率 + もし移民の流入が減少すれば賃金上昇圧力につながる可能性 + 失業者1人当たりの求人公募比率が安定的に維持される可能性)。
そのため、雇用に関しては「極端に悪くさえならなければ問題ない」という認識が基本的に存在する。 また、「極端に良すぎて、賃金上昇によるインフレ再加速が起こらない限り、雇用指標が強くても問題ない」という認識もある。
【FRB理事の反応】
金曜日に発表された雇用データに対し、FRB(米連邦準備制度)の2名の理事が反応を示した。 どちらも「強すぎず、弱すぎない」数字だと評価した。 まずはクーグラーである。
クーグラーは雇用データについて、 「弱まってもおらず、過熱の兆候も見られない健全な労働市場と一致している」と評価した。 次にグールズビーである。
グールズビーは今回の雇用データが堅調であるとしつつ、 話題となった賃金上昇率の上昇については、 「賃金上昇率は2%のインフレ目標とほぼ一致する水準で出た」と評価した。 参考までに、今回の前年比賃金上昇率は4.1%であり、 FRBは2%インフレ目標に対応する賃金上昇率として3.5~4.0%を適正水準と見ている。
【急上昇したミシガン大学の期待インフレ率】
今回の雇用データよりもさらに話題になったのは、ミシガン大学の期待インフレ率だった。 短期の期待インフレ率が大幅に上昇した。 そして長期の期待インフレ率もわずかに上昇した。
短期(1年): 4.3%(予想 3.3%、前月 3.3%)
長期(5年): 3.3%(予想 3.2%、前月 3.2%)
ただし、ここにはやはり支持政党ごとの格差が大きく作用した。 民主党支持者は、2022年のインフレ率が9%を超えていたときよりも、現在の期待インフレ率が高いと回答した。 一方、共和党支持者は、期待インフレ率はゼロ、またはインフレは起こらないと回答した。 このような場合、やはり無党派層を見なければならない。 無党派層は、わずかに期待インフレ率が上昇したことが確認された。
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潜在的な高率関税のリスクによって、期待インフレ率がトランプ政権以降わずかに上昇したと解釈すればよいデータだと考えます。
【米国、相互関税の発表予定】
米国市場の後半に影響を与えたもう一つのニュースは、再び関税であった。 来週中に、米国が相互関税の詳細を発表する予定である。 これはグローバルな包括関税の一環である。
カナダ、メキシコ、中国に続き、今度は日本、ヨーロッパなど他の国々との会談が順次予定されているトランプ。 その過程で、関税の話題が出るのは避けられない。 なぜなら、これを交渉のレバレッジ(交渉手段)として活用しなければならないからである。
結局のところ、出るべき話題が出ているだけだと考えればよい。 各国はすでに事前に準備した対応策を次々と打ち出し始めた。 まず、日本は対米投資を1兆ドル規模に拡大と発表した。欧州議会貿易委員長も「米国の自動車関税を引き下げる意向がある」と表明した。