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トランプの妙手?

トランプは両立し難い二兎を同時に追おうとしている。

財政赤字を縮小し、ドルを弱くすることで、アメリカ企業の競争力も高める必要がある。

何やら秘策の香りが漂っているように思えるので整理してみる。

投資家は「卵を一つの籠にすべて入れるな」という言葉を聞いたことがあるだろう。

集中投資を避け、ポートフォリオを作って分散投資を行えという意味で広く知られている言葉である。

1981年、ノーベル賞選考委員会は、ノーベル経済学賞の受賞者としてイェール大学の経済学教授ジェームズ・トービン(James Tobin, 1918~2002)を選出した。


ノーベル賞選考委員会が発表した受賞理由は「ポートフォリオ理論に貢献した功績」であった。

ジェームズ・トービンがノーベル経済学賞の受賞者に選ばれたと発表されると、記者たちはイェール大学のトービンの元に殺到し、記者会見が行われた。

記者がトービンにポートフォリオ理論を簡単な言葉で説明してほしいと依頼すると、記者会見でトービンが語った言葉はこれである。


記者がトービンにポートフォリオ理論を簡単な言葉で説明してほしいと頼むと、記者会見でトービンが語った言葉はこれである。

「卵を一つの籠にすべて入れるな」

トービンのこの言葉は翌日、主要な日刊紙の見出しを飾り、投資業界で有名な格言として広まった。

トービンは学士、修士、博士の学位をすべてハーバード大学で取得したが、1950年から亡くなるまでイェール大学の教授を務めたという経歴を持つ興味深い人物である。

トービンが1970年からその必要性を主張した税金がある。

通貨取引税(Currency Transaction Tax, CTT)である。

為替投機など短期的で投機的な国際資本移動を抑制する目的で国際資金取引に課税するという理論である。

トービンが最初に提唱し始めた税金であるため、トービンの名前を取ってTobin Tax(トービン税)と呼ばれている。

資本移動を自由にすることについては、両方の学説が拮抗している。

資本移動の自由化を主張する学者たちは、資本市場の自由化によって未開発国に資本が流入すれば、この資金が投資と成長を助けると主張している。

資本移動に規制が必要だとする学者たちは、反対の理論を語っている。

経済学者ラグナー・ヌクシは、海外資本の性質を次のように表現している。

「海外資本は、雨が降り始めるとすぐに返却しなければならない傘のようなものだ」

海外資本は経済が順調な時にはどんどんお金を貸し出すが、危機の兆しが見えると資本を引き上げ、危機を拡大再生産させるものである。

ケネス・ロゴフとカーメン・ラインハートは、資本市場の自由化と金融危機の関連性を共同で研究した。

彼らは1800年以降に発生したすべての金融危機の時期が、資本移動の時期と正確に一致していることを証明した。

金融危機を防ぐためには、資本移動を制御せざるを得ないという結論が出た。

エマージング国家の立場では、国家経済が成長するためには海外資本が流入する必要も明確に存在している。

資本移動を過度に厳しく規制すると、資本が不足している国々が成長の限界に直面するなど、副作用が発生する。

このような二つの状況を考慮して生まれた理論が、ジェームズ・トービンの「適度な規制」である。

トービンは「過度に順調に回っている国際金融市場の車輪に砂を少し投げ入れるということだ。適正な水準の税金を課せば、国際資本の活動性を適度に鈍化させることができる」と述べている。

2000年代以降、新興国への資本流入が急速に増加した時期があった。

当時のブラジルも高い経済成長率と高金利政策により、外国人資本が押し寄せ始めた。

特に2008年のグローバル金融危機以降、アメリカとヨーロッパがQE(量的緩和)で金利を引き下げ始めると、ブラジルに大規模な資金流入が起きた。

海外資本が急速に流入すると、ブラジルではドルがありふれ、ブラジルのレアルが希少化する現象が発生した。

希少価値の逆転現象が起き、供給過多で安くなり、希少化すると高価になる構造が作用し、ブラジルのレアルが輸出が困難になるほど強くなり始めた。

2009年、ブラジルはトービン税を導入した。

最初は2%から始めたが、徐々に引き上げて6%まで税率を上げた。

短期的にはブラジルは目標を達成した。

レアルが弱含みに転じ、輸出が容易になり、トービン税からの税収で財政が改善された。

問題は副作用だった。

投機資本だけでなく、中長期投資資金の流入も減少し始め、成長ポテンシャルが縮小し始めた。

ブラジルへの外国資金の流入は、2010年には630億ドル、2011年には353億ドル、2012年には88億ドルと、継続的に減少した。

ブラジルは短期的な効果を得た後、株式と債券に課されていたトービン税のうち、まず株式に対する課税を廃止し、2013年にトービン税を完全に廃止した。

タイトルをトランプに設定しておきながら、トービン税の話だけをするのは奇妙に思える。

トランプの公約の一つが、大外収入庁(External Revenue Service)を設立するというものである。

トランプは「就任初日、関税など外国の源泉から得られるすべての収入を徴収する大外収入庁を設立する」と明言している。

市場はトランプのこの発言について、関税にのみ注目している。

トランプの頭脳とされるスティーブ・バノンは別の話をしている。

バノンは「アメリカは世界で最も収益性の高い市場である。外国人がこのように良い市場に無料で入ることを許してはならない」と発言した。

一種の入場料を取るという意味である。

アメリカへの投資にトービン税が課される場合、ブラジルの事例で見たようにドルが弱含みになる可能性がある。

トービン税の収入は財政収入として計上されるだろう。

トービン税の短所である中長期投資資金の流入減少は、アメリカには当てはまらないと考えられているようだ。

一部の資金流入が減少したとしても、グローバル資金がトービン税を恐れてアメリカ投資を諦めることはないだろうという考えである。

トービンが述べた「過度に順調に回る国際金融市場の車輪に砂を少し投げ入れるということだ。適正な水準の税金を課すことで、国際資本の活動性を適度に鈍化させることができる」という言葉は、トービン税の効果がアメリカでは副作用なしに機能する可能性があることを示している。

トービン税が適用されると、ウォンや円など他国通貨が強くなる流れは以下の通りである。

円を例に挙げると、アメリカの債券や株式への投資ニーズがトービン税率に応じてその分減少する。

アメリカへの投資が減少するということは、ドルへの需要が減少し、ドルがありふれる状態になる。

ドルが豊富になり価格が下がると、相対的に円やウォンなど他国通貨が強くなる流れが生じる。

トランプの就任初期に行政命令によって大外収入庁が設立されるか注視する必要がある。

トービン税が導入され、大外収入庁が管理する動きが見られる場合、為替変動に注意を払う必要が出てくる。

天気が良い時に傘を貸し、雨が降ると傘を取り上げるのが金融資本の性質であると言える。

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