[物語]観光地のお店の魔法
世界中の誰もが知る観光地には、誰も知らないお店が時折り現れては消えてゆくことをみなさんはご存知ですか?
おや、まぁご存知ない。
もしあなたが、これから運良くそこへ訪れることがあったとしても、そこがそんなお店だということに気がつかない可能性がありますよ。
でも、このお話を聞いておけば、将来気がつくヒントになるかもしれません。ひょっとして過去に行ってたことに気がつくかもしれませんね。
まぁ、あんまり期待しないで気楽に聴いてみてください。
どうってことない話です。
ロック氏の家族がその観光地を訪れたのは暑い夏の日でした。ふたりの子供達は歩き回るのに疲れて、しぶしぶ両親の後をついて行ってます。
子どもってそんなもんですよね。どんな素晴らしい観光地に行ったって彼らは大して喜んだりなんかしないものです。時には自分が言い出した場所に連れて行ってもらってもこんな状態になったりするもんです。全く親というものは大変です。
さて、ふたりの母親でロック氏の妻であるケイトは少し繊細な、それでいて興味深々な冒険者でもある女性でした。
ロック氏はちょっと気取ったところがある人ですから、普通の人が行く観光地の見どころばかり歩いていたって満足しません。
ロック氏は妻であるケイト夫人にいいました。
「あの路地はなんだか面白そうだ。ちょっと行ってみないか。」
ケイト夫人は快く了承しました。ロック氏は言い出したらきかない人ですし、それになんといっても彼女も冒険好きだからです。こうして二人の子どもはゾンビみたいに炎天下の街を連れまわされることに決定しました。
路地に入ってみると正面に船首が突き出したかような形の石造りお店があり、道は左右に分かれています。
ケイト夫人はこの路地から出る時はきっとこの場所に帰ってくると直感しました。
薄暗い正面の店をみるとどうやら雑貨屋のようでした。開け放たれたドアから飲み物も売られているのがみてとれます。女主人がこちらをみています。目があいました。
女主人が軽く会釈したのでケイトも会釈を返しました。
会釈を終えた頃にはケイトはもうわかっていました。きっとここで帰りに飲み物を買うことになると。
ロック氏の嗅覚により一行は左の道を選びました。
ゆるく右へカーブを描いた路地は先まで見通すことはできず、歩くにつれて様々な表情を見せてきます。
細長く聳え立つ陰気な建物、陽の当たるこざっぱりとした窓を持つアパートメントがあるかと思えば古めかしい威厳たっぷりの石造り作りの館、建物は普通なのによくみると南国のフルーツを模したかのような奇妙な形をした煙突を持つ家なんかもあります。
思ったよりずいぶん見応えがあります。
しかし石の舗装は夏の日差しを反射して地面から茹だるような熱を放ってきます。
路地にはひとっこひとり見当たりません。
こんなところに足を踏み入れる観光客は珍しいのでしょう、建物の隙間の影で休むネコがじっとみてきます。
とても魅力的な路地だったのですがよそ者である一家は、声を立てることがなんとなく憚られるようで、歩くうちになんとなく居心地が悪くなってきました。
そして一行はやっとはじめの店までたどり着いたのです。そう、ケイトの予想通りこの路地は回遊式の袋小路になっていたのです。
店のドアは入ってきた時と変わらず開け放たれておりました。
「なんだか喉が渇いたみたいなの。」
ずっと辛抱してついて歩いていた幼いロジャーが母親に甘えるように言ってきました。
ケイトがロック氏をみると、散策に満足した夫はコクリと頷きました。
そうして一行はその店に足を踏み入れました。薄暗い店内には石造りだからでしょうかヒンヤリとした空気が漂います。
「いらっしゃい。今日は暑かったでしょう。」
いつの間にか、店の奥から女主人が現れました。
きましたきました。ケイトはなぜだかワクワクしました。会釈を交わした瞬間からケイトはちょうど自分の母親くらいの年齢に見てとれるこの女性がただものではないと思っていたからです。
女性の目つきは柔らかで、何か面白そうなものはないかと店内を見て歩くロック氏を一瞥すると、ジョンに声をかけてきました。
「お兄さんはずいぶん大きいね。もうお父さんより大きいんじゃないかしら?」
ジョンはいきなり話しかけられて少し驚いた風ですが、気難しい年頃にもかかわらず答えました。
「いえ、まだ越えてません。母はもう越えました。」
ケイトはにっこり笑って、
「ありがとうございます。夫を超えるほど大きくなってくれるのが楽しみです。」
と付け足しました。
そして女主人の魔法を楽しみはじめました。
「今日は遠くから?」
ロジャーが答えます。
「僕たちラーナから来たんです。」
「おやまあ!ラーナっていったらずいぶん遠いところからだよ。よく来たね。今晩は泊まりだね。ヒバリヶ丘のほうかな。」
今度はケイトが応えます。
「ヒバリヶ丘のヒバリ荘に泊まります。」
「ヒバリ荘はねぇ。いい宿だよ。一昔前は普通の人ではとても泊まれないようないい宿だった。改装して綺麗になってね、今はみんなに解放されたんだ。楽しむといいよ。建物も庭も立派な頃の名残がずいぶん残ってる。」
「そうですか。初めて泊まるのですがとても楽しみになってきました。気をつけて目を凝らしてみますね。」
宿をきいてくるので多少驚いたが、長い説明にずいぶん宿への誇りと愛着を感じてケイトは快く受け取った。
女主人は今度はずいぶんほったらかしにしてしまったとばかりに、ロック氏に声をかけた。
「何かプレゼントにするものをお探しですか?この店は今は雑貨屋だけど、もともとは世界中のお酒を厳選して集めてある店だったんだよ。これなんかどうだろう?」
入り口付近に置いてあったラム酒の瓶を指差した。
「ラム酒か、いいですね。冒険者にぴったりだ。」
ロック氏は満足気にいつになく陽気な返事をした。そして世界中のお酒というキーワードを耳にして、また狭い店内をもう一周しはじめた。何故だか知らないがジョージも父より面白いものを探してやろうとぐるぐるまわっている。
それをみてまだ時間がかかるとふんだのか、女主人は嬉しげにまたロジャーに話しかけた。
「ヒバリヶ丘に泊まりなら明日は湖で泳ぐのかい?」
「水着は持ってきたんだけど泳ぐかどうかわからないよ。プールだったらいいけど母さんは湖で泳ぐのは僕にはまだ早いっていうんだ。」
「おやまあ!あの湖は水深は浅いんだよ。坊やいくつだい?」
「もう10歳かい。どうりでしっかりしてみえた。もう一度お母さんに聞いてごらん。きっとゆるしてくれるはずさ。このへんの子も10歳になったら1人でたくさん泳ぎに行ってるよ。」
ロジャーはそれをきいて期待いっぱいの目でケイトをみつめてきた。その後ろで女主人はウインクしてる。
ケイトは笑いを噛み殺しながら、ロジャーに言った。
「それじゃ明日の天気が良ければ考えてみましょうね。」
顔中を嬉しさでいっぱいにしてロジャーは言った。
「必ずだよ!それから母さん、僕、喉が渇いた!」
その声をきっかけに、たくさんの品物を抱えたロック氏といくつかの品物を両手にもったジョージがケイトとジョージのところにやってきて、
ロジャーはいつの間にか見つけていた店の冷蔵庫に冷やして置いてあったサイダーを4つとり、ケイトもはじめのラム酒をひと瓶持ってレジへと向かった。レジではチャーミングな女主人がゆっくりとした手つきで名残惜しそうに代金を計算している。
ケイトはこの女性の素敵な魔法に感謝して、売り場に戻るとラム酒の瓶をもう一つレジへと持って行った。
「2つともプレゼントかね?」
女主人が聴いてきたので
ケイトは応えた。
「お土産に加えて、我が家のぶんも欲しくなりました。」
女主人は計算するのに下を向いたまま、にっこり笑った。
「それじゃ良い旅を!」
女主人の声に、四人とも口々に
「ありがとうございます。」
と礼を言って表通りに帰って行った。
旅の終わりに、もう一度この店に寄ってみようという話になったが、ロック氏一家は見つけることはできなかった。
でもラム酒はここにある。
ケイトは旅から戻っで数回、昼下がりに素敵な女主人の魔法がかかったラム酒でパンチを作って、その美味しさに軽く舌を打ち鳴らし、女主人のくれた旅の思い出を愉しんでいる。
みなさんはどこが不思議かわかりましたか?
わからない人には本当になんでもないような話なんですよ。
上等の不思議というものは、まるで水のようなもので本当に当たり前のようにそこにあったりするものなのです。
何も観光地に限ったことではないんですよ。頭を使って探そうとすると見つからなくなるのも似ています。
きょうのおはなしはこれまでです。