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衛兵とバレリーナ
衛兵は今日も突っ立っていた。
世界は昨日と何も変わらない。
視線は遠くにあずけ
何もみないで全てをみる。
片足立でいる理由が
すぐに動きだせるためだったのか
どうかなんてもう
かんがえたりもしなくなった。
パニエの裾を歓ばせながら
クルクル回って
バレリーナは衛兵に近づいて
そっとささやいた。
「わたしとあなたはよく似ているわ。あなたもいつも片足立ち。」
衛兵は眉を少し動かした。
バレリーナが気が付いたかどうか
はわからない。
「あなたにお願いがあるの。」
動かない衛兵にかまうことなく
バレリーナは続ける。
「農場が毎朝私のぶんの牛乳をとっとくのを止めてほしいのよ。」
衛兵は動かないままだが、バレリーナの話が少し気になってきた。
「わたし、世界にお別れをいってる最中なの。」
衛兵は動かないでいた。
しばらく経つと、バレリーナはがっかりしたふうに言った。
「ごめんなさい。どうか忘れてちょうだい。ただ、あなたならなんとかしてくれるような気がしたの。」
そしてまたクルクル回るために
元来たほうを見定めた。
それを目の端で捉えて衛兵は口をきいた。
「ただ農場へ牛乳をとりにいかないというわけにはいかないのですか。」
バレリーナは元来たほうから視線を外さずにいった。
「そうですね。それができればいいのですけれど、取りにくるのを待たれているのが嫌なんです。」
「カルシウムなんて知らないわ。私はお酢を飲んで柔らかくなりたいの。」
衛兵は言った。
「好きにしたらいいんですよ。大丈夫です。」
バレリーナは何もしれくれない
衛兵の気休めのような言葉を
いったいどういうふうに
捉えるべきか一瞬思案したふうだが
回りはじめた。
錆びたドアノブを回すような
硬くて重い回転だった。
衛兵はいってしまうバレリーナに
届くか届かないかの声でつけたした。
「私はたぶんあなたがまた牛乳を飲む気がします。」
一年が過ぎたころバレリーナが
パニエの裾を歓ばせながら
クルクル回って衛兵のところへ
やってきた。
衛兵は微動だにしない。
バレリーナは手に持ったものを
衛兵の顔の前に差し出していった。
「あなたこれなんだか知ってる?」
相変わらず衛兵は微動だにしないが
バレリーナは気にせずいった。
「牛乳プリンよ。」
「プリンを食べると身体が柔らかくなるの。カルシウムだってとれるし、何よりとっても美味しいの。」
「どう?わたしって賢いでしょう?」
バレリーナはそれだけ言い終えると
衛兵のまわりを軽やかに3周回ってから元来た方向へいってしまった。
バレリーナが行ってしまって
完全に見えなくなったのを確認してから衛兵はその場で一度クルリと回転してみた。
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どんとこい2024秋