なんにもない良さ
実家行って、母が予想通り作りすぎたご飯を食べて、皿洗って、モンゴル土産の口琴を披露して、昼寝して、用意しすぎてるおやつを食べながらモンゴル旅行の話聴いて帰ってきました。
内容ほぼ空っぽ。
なんにもなかった。
昼寝するときに、山からの風が昔と同じで心地よく、昼になぐのも一緒で、そのあとより強く吹き出したかと思ったら、雨が強く降ってきて、むくりと起きたら、大好きな雷の様子も眺められて、天気だけはなんにも変わってなくて良かった。
故郷だと思ってかえっても、親は歳をとっているし、友達もどこかへ嫁いでしまってそんなに会わないし、知らないお店ができていたり、思ってた故郷とずいぶん違うのにいつも戸惑うけれど、山と風と空の光景は昔と一緒で、ぐっすり眠れて、元気になった。
たいした話もなんにもなかったけど、帰って良かった。
モンゴルの話もなんにもなくて良かった。いつも父の旅行話は歴史年表付きで写真盛りだくさんなんだけど、モンゴルの旅行の写真はほとんど草原とゲルと草花と馬。
草原の遠くの方に見える修行僧院まで馬に乗って行くのに、途中の草原がずっと花畑。
エーデルワイスなんかありがたくないほどそこらじゅうに咲いている。
僧院がいいんじゃなくて、多分僧院に向かう道中がいいんだよ。という話が印象的。
遊牧民は移動しなくちゃいけないから、物を持たない。いかに持たないかがかっこいいんだ。という話も印象的。持たないことで機動力があがる。
モンゴルで古くから伝わる伝説に
「蒼き狼」とその妻「惨白き牝鹿」の話があるそうだ。2匹が先祖ってことになってる物語。
「白い鹿」ってキーワードだけささる🤭。奈良県民だからかもしれない。なんにも関係ないはずだけど春日大社のお使いも白い鹿なので嬉しい。
羊のお肉は臭みが全くなかったそうだ。同じ草を食べていたら、馬も羊も同じ味で硬さだけが違うと聴いてきたようだ。実際食べてもそうだったみたい。
これは印象的。
モンゴル旅行がなんにもないのが良かったのと同じように
今回の帰省も、なんにもなかったのが私には良かった。