カボチャ物語
「頭が痛いの。」
母さんがケイに言ってきた。
ケイは
「母さんは頭が痛いのか。」
と思った。
「だから少し横になって休ませてちょうだい。」
ケイは黙ってゲームをする手を止めた。
母さんはゲームの音が苦手なんだ。
特に「頭が痛い時」は。
仕方がないけどつまらない気持ちでケイは庭にでた。
ケイは庭が好きだ。
友達はみんな変わってるというけれど、ケイは植物を育てることが好きだった。育てている植物に集まってくる虫や鳥なんかの生き物達の様子をみるのも庭に出る楽しみでもある。
ふと思い立って、今年育ててるカボチャの花に雌花がついていないか確かめる。
まだだ。
どうして雄花ばっかり咲くんだろう。
ケイはやるせない気持ちになりながら、それでもホースを手にとり水をやり始めた。
庭全体に水をやる。
暑いといってももう夕暮れ時だ。
どうせ暇だからたっぷり水やりすればいいだろう。
水をやりながら母さんのことを考える。
「どうして、僕に頭が痛くなくなる方法をきかないんだろう?聞いてくれれば力になれるのに。」
ケイにはちょっとした秘密の力があった。
生き物の体の痛みや痒みを治せるのだ。
ケイは幼稚園の頃にその力を知った。
嬉しくてスーパーヒーローにでもなった気分で身の回りの小さな生き物や、ケガして泣いてるともだちの痛みや、今は亡くなってしまった身体を掻きむしるおばあちゃんを治してやった。みんなとても喜んでくれた。
そんなことを続けていると、ある日尻尾を失ってヨタヨタ歩く虹色のトカゲを庭で見つけた。
歩いてはいるけどつらそうだった。いつものように治してやろうとすると、そのトカゲがいきなり喋ったんだ。今でもハッキリ覚えている。
「おい坊主、やめないか。」
幼稚園児だったケイは全く意味がわからなかった。
「どうして?僕いいことしようとしてるんだよ。」
トカゲはギロリとした目でケイを見上げると、幼い子どもであることを確認して、やれやれといったふうに一つ大きなため息をついた。
「お前はまだなんにもわかっちゃいないんだな。それでいてそんな力を持っている。危なっかしいやつだ。よし、知りたいんなら説明してやろう。」
それからトカゲは説明してくれた。
相談されてもいないのにそんな力を使うなんてとんでもないことだって。
自分で方法をみつけるために問題があるのだから、他人が勝手に解決するなんてやっちゃいけないことなんだって。
トカゲは時間がかかっても自分のことは自分でしたいから、尻尾の痛みも、尻尾を失ってヨタヨタ歩いてることも全部ほっておいてくれと付け加えた。
ケイはそのとき意味はわからなかった。実は今もわかっていない。でもその時のトカゲがなんだか自信たっぷりで、わけがわからないながらもきっと本当のことを言っていると感じたのでそれからこの教えを守っている。
そういうわけでケイが痛みを取り去れるのは、ケイに相談した人だけなんだ。
母さんはケイに相談しない。
ケイは自分の力をそんなに特別なものだとは思っていなかった。
痛みはただ痛みを感じない瞬間があることに気がつけばいいのだ。
身体は痛みを感じないやり方を知っている。
ただそのことに気がつけば良いのだ。
でもそのことに意識をむけるよりかは、みんな痛みの方に意識を向けてしまうのだ。
ただ夢中になることをすれば良いのに。みんな痛みに夢中になる。
全くよくわからないことだ。
母さんの頭痛は続いた。
こんな時父さんがいてくれたらどんなによいかとケイは考えた。
どういうわけかケイの家には父さんは家にいなかった。
「遠い外国にいる。」ときいて育ったけれど、ほんとかどうかもよくわからない。
会ったことがないから別に悲しくともなんともなかった。
一度母さんに父さんの住む国の名前を聞いたことがある。
そのとき母さんは少し驚いたふうだったけれど
「聞いたってお前にはまだわからないわ。」
と笑って台所に夕飯を作りに戻ってしまったから、なんだかはぐらかされたような気持ちになった。
ケイはそれ以来、母さんに父さんのことはきくのを避けている。
普段は父さんのことを考えたりはしない。
けれども、母さんの身体の具合が悪くなると、ケイは会ったこともない父さんの存在を思い出す。
庭のカボチャはケイの世話で順調に育った。雌花も無事咲いて昆虫の力をかりていつのまにか受粉もすませていたようだ。
夏も終わりに近づいた日の朝、ケイは初めてなったカボチャの収穫をした。
本で調べたとおり、ヘタの色も確認した。
「よし!」
重さを確認して、上々の出来だなと嬉しくなる。
母さんは頭が痛いから心の底から喜んでくれるとは思わないけど、味噌汁くらいにはいれてくれるかもな。
せっかく育てたカボチャの料理法としてはショボいけどまぁいいか。僕はカボチャが入った味噌汁はちょっと好きだ。
変ななぐさめをしているような自分に気がついてケイはちょっと笑った。
それから家に入るととったカボチャをそっと流しの横に置いておいた。
さて、今日は友達の家でする流しそうめんの手伝いに呼ばれてる。食べきれなかったそうめんが大量に余ってるんだそうだ。
ケイは朝食に菓子パンと牛乳を食べて、出かける準備をすませ家を出た。
母さんはまだ寝ているようだった。
流しそうめんの片付けも手伝って、夕方帰宅したケイは玄関を開けた途端に鼻に飛び込んできた甘い香りに驚いた。
バターの焼ける匂い。
懐かしい感じ。
手を洗いに洗面へ向かうと、台所に立つ母の後ろ姿がみえた。
腰をかがめてオーブンの中をのぞいている。
「あら、ケイおかえり。」
久しぶりに聞いた母の明るい声に戸惑いながらケイはつとめて平静に
「ただいま。片付け手伝っててちょっと遅くなっちゃったよ。」
とだけ言った。
「ちょうど良かったわ。ケイ、あんたお腹すいたでしょ。久しぶりにパンプキンパイ焼いてみたのよ。もうすぐ焼き上がる。」
ケイがもっと小さな時、母がずっと元気だったころ、母はマドレーヌやクッキー、パウンドケーキなどのお菓子をよく作ってくれた。母はお菓子作りが大好きだったのだ。
育てたカボチャがパンプキンパイに!ケイの中で嬉しさがグッと込み上げた。
「いいね。久しぶりだな!」
「そう。久しぶり。」
母はケイをみてふふっと笑った。
ケイは顔を少し赤くして
それでも言葉を続けた。
この幸せがずっと続いてほしい。
「もうすぐ焼けるの?」
母はオーブンを覗き込んで言った。
「そうね。もうすぐ。ほとんど焼けてる。」
換気のために少し開けてある台所の窓から洩れ聞こえるその会話を、味わうようにじっと噛み締めていたものがある。
それはシッポのない虹色のトカゲだった。
「よくやった。ケイ。それでいい。お前ももうすぐ一人前だ。」
トカゲはそう言い残すと、また庭の草むらのどこかに姿を隠してしまった。
そしてパンプキンパイを食べるとケイの不思議な力はなくなってしまったが、ケイがそれに気がつくことはもうなかった。
ケイ。
パンプキンパイは
どんな味だったかな?
私も食べたいな。
お し ま い
みんなを夢中にさせる魔法の言葉
「なんのはなしですか」
を勝手に応援しています。