【短編小説】逆ホワイトデーってなんだろ

「もしもし、いま家にいる?」
「いるよ。どうしたの?」

 突然、通話してくるのにも、もう慣れた。メッセージだって、私が1分も空けずに既読するってわかってるくせに。どうしても会いたいときにだけ、通話してくる。
今日はどうしたんだろう。バイトで嫌なことあったかな。店長に連絡してほしいとか、授業のこととか、なんかあったかな。

「まあ、ちょっとさ。交差点のとこまで、出てきてよ」
「うん、わかった。何時ごろになりそう?」
「あと、10分くらいで着くから」

 わかった、待ってる。それ以外の返答はない。
お風呂に入ってたし、髪も濡れてる。突然すぎるとか、そんな不満なんて言わない。
 間に合うかな、とかそんなことを考えながら、早く早く体を拭いていく。悪あがきで、お風呂に蓋をして、さっき脱いだ服を着る。

 夜中の23時を過ぎても、まだ暖かく、春になってよかったと心から思う。じゃなきゃ、絶対に湯冷めして風邪をひいてる。
 5分ほど待ってると、交差点の向こうから自転車を引いた君がきた。今日は大人っぽくて、かわいい格好をしている。

「急にごめん」
「大丈夫。どうせ暇だし」
「ちょっと聞いてほしいんだよ!」

 そうだと思った。何かがないと会ってくれない。愚痴を吐いて、会ってくれるならそれでもいい。

「バイト先のさ、前に言った先輩。今日もシフト被ってて、それで、今日ホワイトデーじゃん。だから、逆ホワイトデー的な。チョコ作ったから渡したかったんだけど、なんか今日忙しくて、話せなくて、渡せなかったの。」

「だから、今日かわいい格好してるんだ」

「そう。結構がんばったんだよ。チョコ作ったし、髪も巻いたし、スカートにしたし。でも、なんか、タイミングなくて。」

 せっかくがんばったんだから、渡しなよ。とか、チャンスあるじゃんとか、そんなこと言っても、君には届かない。君はいつも一直線だから。それでも君が満足するまで聞くよ。

「それでさ、先輩がバイト終わるの、23時半ぐらいで。もうすぐ終わって、ここ通ると思うんだよね。会ったら気まずいけど、ちょっと偶然出会いたいから、偽造工作をさ、手伝って」

「いいよ」

こんな夜中まで、待ち伏せするのか。会えるかもわからないのに。

「まあ、チョコ、君にもあげるからさ。これ食べながら、一緒に待っててよ」

そんな風に、笑いながら言われたら。

 目が潤んでいるから、信号の光までしっかり反射してる。じっと目を見てるのに、君は先輩のいる方向しか見てないから、こっちに気づかない。

 わたしの方が君を見てるよ。かわいい格好もおいしいチョコも、その先輩よりも早く、知ってるよ。
 今日の君は先輩のために、君が努力して作ったものなのに、先輩はそれを知らずにいる。

「もう、来ないか。さすがに終わってるはずだし。帰ろうかな」

「いいの?」

「うーん。あとでLINEしてみようかな。このあと友達と飲むから、そのとき、なんかやってみる」

 やっぱ、そっか。君にとっては私はそこまでじゃない。私にとって、チョコは本当に嬉しかったのに。
君にとっての私が、あまりに興味が薄くて悲しくなる。

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