映画「13 Days」(2000 米)

1962年のキューバミサイル危機がテーマの映画。

amazon.comで購入。
英語字幕付きと思ったら付いていなかった。
ので、気合を入れて観賞。

危機管理、情報などについて考えさせられる映画、今回は危機管理の観点で考えた。

危機管理の目的は、「危機において国益を守りながら紛争を回避する」ことにある。
国益を切り売りすれば戦争は回避できるかもしれない。
しかし、そのようにして得られた「平和」には多分に問題がありそうだ。。。

さて、危機管理(crisis management)について。
当事者双方が国益に対する受容できる範囲のダメージを受容して身を引くことができれば、
紛争は簡単に回避できるのに、これがなかなかできない、ジレンマである。
実際、国益の競合が危機に発展するのは、通常どちらも先に折れようとはしないのが原因。

ひとたび危機が生起すると、双方は当然、そしてどうにかして国益を確保、守りたいと考える。
でも、それによって紛争になるのはイヤ、とも考える。
これもまたジレンマである。

当事者内部のジレンマとしてもうひとつ、外交と軍事との間のジレンマというのもある。
この映画で最も考えさせられたのがこれ。

危機管理において、外交努力は目的と手段の制限により、国益を最大限確保しつつ紛争を回避しようとする。
実際、キューバ危機においては目的と手段をミサイル排除と海上封鎖に絞った。
目的についてはカストロ排除、ソ連の影響力排除、
手段についてもミサイル基地攻撃やキューバ侵攻といった、
よりambitiousな進言がありながらこれをリジェクトしている。
外交努力に可能性を残すためである。
目的がambitiousであるほど、相手は譲歩できないので抵抗も大となる。
双方がそんな目的を追求したら当然紛争回避は困難。
手段の方も制限した。

他方、
軍事的なオプションは厳しくコントロールされた。
相手の出方を見るため、動員のスピードと程度もコントロールされる。
精強、即応を旨とするのが軍事的ロジックの要求、将軍たちのフラストレーションも理解できる。
不幸にして紛争となった場合、初動から全力を発揮するのは彼らの責任だからである。
外交努力と軍事的即応態勢の構築は相反する。
将軍たちもただ大統領の足を引っ張るためにやっていたわけではない。
映画としての演出を差し引き、言い方を差し引けば、
その時々の状況に応じ彼らとしてのロジックで進言しているように思う。
後は決定権者の判断。

外交と軍事の相反する性質、
実際、ケネディ大統領は危機に先立つ1961年、
自由世界に対する攻撃に対し、伝統的な「精強(efffective)」、「即応(swift)」に加えて"suitable and selective"なレスポンスが必要と強調している。
伝統的な、純軍事的なロジックとして精強かつ即応、
これに加えて、
外交のinstrumentとしてsuitableかつselectiveな軍事力が必要ということだろうか。

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