駆け込み乗車を抑止する

駆け込み乗車をなくすには、どうすればいいでしょうか。

JRは一時、一部の駅で発車ベル(発車メロディー)を省略していたことがありました。
乗客の駆け込み乗車防止に向けた実験的な取り組みの一環で、
ベル音やメロディーが乗客の気持ちを焦らせる原因となっているのではないか、
というところから始まったようです。

無理な駆け込み乗車は、ホームで転倒したり戸袋に挟まれるだけでなく、
なかなかドアを閉められず列車の遅延につながります。
では、発車メロディーを省略すれば問題は解決するのでしょうか?

そもそも、
昔の発車ベルだと駆け込みが多いからメロディーに変えようという趣旨だったような記憶があります。
味気ないベルで乗客が駆け込むのをなくそう、
けたたましいベルの音が乗客の気持ちを焦らせる原因だとしてメロディー音にしたはずです。

JRも導入当初、「駆け込みが減った」と評価(自賛)していたような気がします。

しかしながら、
ベルであろうと、メロディーであろうと、
ドアが閉まるまでの単なる「秒読み」でしかない、というような側面があります。
「プルルル(又はメロディー)」と始まったとたんにダッシュする乗客は多いです。
いや、電車に乗って初めて「乗客」になれるのだとすれば、ただの「客」、でしょうか。

客、猛ダッシュ。

とにかく、ベルでもメロディーでも結果は一緒のような気がします。
そこで駆け込み乗車を減らすための具体的方策について考察しました。

(1)そもそもなぜ、駆け込むのか

都市部の電車なんて数分で次のが来るはずです。
猛ダッシュしたり、ドアに挟まれそうになりながら駆け込むリスクを冒すのはなぜでしょうか。

これが田舎なら少し理解できます。
電車やバスが1時間に1本みたいなところでは、
乗り損なった時のダメージも甚大です。
少々の無理をしてでも乗りたい、という心情も理解できます。

ただし、
そんな土地では、都会に比べれば(比べればですが、)ダイヤの余裕も多少あることでしょう。
運転手さんが少し発車を待つ、閉まったドアをもう一度開ける。
といった光景を見かけた記憶があります。

他方、
東京の地下鉄等では、3分、5分もすれば次の電車が来るはずです。
中央線など、複々線運用の路線はさらに密度の高いダイヤです。

経済学の観点からすると、
utility(効用)という点で、例えば「田舎の1時間と東京の3分が等しい」、と仮説を立てることができます。

utilityとは、「人が財やサービスを消費することから得られる満足の水準」を表すもので、(いささか失礼ですが)田舎で1時間使って得られる効用が東京なら3分で得られる、としたらどうでしょうか。
つまり、東京の3分は田舎の1時間と価値が同じ。
東京で3分おきに来る地下鉄で、田舎の1時間に1本のバスに匹敵する駆け込み乗車をするのも「あり」に思えてきます。
実際、東京駅中央線ホーム(複々線)では、次の電車が見えているのに駆け込む人がいます。

つまり、2、3分で次の電車が来るとしても、
乗り損なって損する数分が田舎の数時間に匹敵するため、これを避けようとして駆け込むのです。

これを受け入れる側の電車には、田舎と違ってダイヤに余裕がないため、様々な問題が発生している、といえないでしょうか。

地理的な差だけでなく、立場や時期的なもの、様々な要素が、数分という時間が持つ効用に対し影響を及ぼしています。
従って、この点を考えずして、ただ全般的に、
「すぐに次の電車が来るから駆け込まずに待ちましょう。」
と啓蒙しても効果が期待できないように思います。

秒単位の損失も受容できない人にとっては、
すぐに来る電車を待つことも受容できないはずです。
極端な話、動く歩道みたいに待たずに乗れる電車にならない限り、
「すぐに次が来るから~」では効果がないことになります。

(2)鳴らし方に問題はないのか

中学の頃、校門で遅刻の取り締まりがあって、ぎりぎりアウトで捕まった生徒の中には、
「まだチャイムの余韻が聞こえる~」
などと言い訳する者もいました。

しかしながら、
システム上、オンタイムでチャイムが鳴る以上、
チャイムが鳴りだした瞬間に時間切れなのでアウト、この言い訳は言い訳になっていません。

なのに、
なんとなっくチャイムが鳴っている間は「セーフ」、
という暗黙の了解、緩和事項みたいなものが存在しました。
大目に見る先生もいたりして。

発車ベルが鳴ってから実際にドアが閉まるまでにはタイムラグがあります。
通勤通学で日ごろ使っている電車なら、そのタイムラグも体得していることでしょう。

このため、発車ベルの開始のタイミングをもって、
「まだ間に合うのではないか」
という期待又は確信をもって駆け込んでしまうのではないでしょうか。

チャイムが鳴っている間はセーフ、
中学生の頃の習性が無意識のうちに甦っているのかもしれません。

この悪しき流れを断ち切るには、
鳴り始めるまさにその瞬間、ドアを閉める。
これしかありません。

いたずらに乗客を焦らせるだけのベルはやめにして、
もうドアは閉まったからいくら走っても無駄だよ、
という意味合いで鳴らしてはどうでしょうか。

鳴り始めた瞬間に閉める、鳴ったら走ってもムダ、
今度はこれを体に覚えこませるのです。

(3)抑止理論の応用

抑止力とは、
ある行為の達成が困難(deterrence of denial:否定抑止)、又は代償が高くつく(deterrence of retaliation:報復抑止)ことを予見させ、
もってその行為を思いとどまらせる力です。
軍事力の役割の一面であり、
行使するまでもなく、相手に武力行使等を思いとどまらせることを意図するというものです。

この報復抑止の発展形が相互確証破壊(Mutual Assured Destruction:MAD)で、
特に核戦略においては重要な概念です。

抑止理論によるアプローチで活路を見出すことはできないでしょうか。
3つほど思いつきました。

(COA-1)
ドア先端部の黒いゴムの部分を改造して、シャチハタのハンコみたいな構造にする。

駆け込み乗車を試みて挟まれた場合、
「駆け込み乗車しました」
「駆け込み禁止」
「駆け込みしてすいません」
「客として失格」
などとスタンプされるようにするのです。

かなりの抑止力が期待できます。
駆け込み常習者の中には、
挟まれてドアがもう一度開くのを前提にして駆け込む悪質なタイプもいます。
この案はそういったタイプにも対応しています。

ただし、
駆け込み乗車するような乗客ですので、訴える可能性もまた大であることが予想されます。
クリーニング代を請求された場合、裁判での負けは確実のような気もします。

suitability(適合性):○、feasibility(可能性):○、acceptability(受容性):△

(COA-2)
駆け込み乗車した乗客を撮影しておき、発射直後の車内モニターでスロー再生する。

よく、ボーリング場でストライクやスペアを取った時、
天井のモニターや記録席のモニターでプレイヤーの投球シーンをスロー再生するサービスがあります。
駆け込み乗車した乗客がいた場合、
ドア周りに設置したCCTVで撮影した動画を車内モニターで再生する、というのはどうでしょうか。
ちょうど、駆け込み乗車が頻発する都市部の電車は、社内モニターが普及しています。

「ただ今東京駅発車の際、6号車で駆け込み乗車が発生しました。」
「ただ今より車内モニターにて駆け込み乗車の模様を再生いたします、ご覧ください。」
(駆け込み乗車の模様を標準、スロー、標準で3回再生)

国連事務総長の役割の一つが「mobilizasion of shame」、
実力は安保理が握っていても、
例えばある国を名指しで非難すれば、国際世論を誘導することも可能です。

日本は「恥の文化」の国ともいわれています。
駆け込み乗車をして本人にとってはかなりのダメージを与えることが可能であり、相当の抑止力が期待できそうです。
特に、駆け込み乗車が発生した車両においては「本人出演」であり、ダメージ大でしょう。

物理的ダメージを与えないのもこの案のメリットです。

suitability(適合性):○、feasibility(可能性):○、acceptability(受容性):○

(COA-3)
「駆け込み乗車」に代わるふさわしい名前をつける。

かつて、
「暴走族」という名前は響きが不相応に格好良すぎる、
誤ったイメージにあこがれる若者も多いはず、
「珍走団」にすれば見向きもされなくなるはず、
という理論がありました。

仮に、
「駆け込みバカ乗車」と変更すれば、かなり状況も変化しそうです。

日ごろから「駆け込み=バカ」のイメージを刷り込むことに努めるとともに、
車内アナウンスも、
「駆け込みバカ乗車はおやめください」
「駆け込みバカ乗車は危険であり、また他のお客様のご迷惑にもなる場合がございます。」
「駆け込みバカ乗車のお客様はくれぐれも自重願います。」
くらいすれば、
COA-1、2にはかなわないまでも、一定の抑止力が期待できそうです。

suitability(適合性):△、feasibility(可能性):○、acceptability(受容性):○

(COA-その他)
現在、電車のドアは空気圧で開閉していますが、
これを油圧に変更すればかなり解決に近づくことができます。
ゆっくりと、しかしながら確実に閉まってくれます。
「ルパン三世カリオストロの城」のラストみたいに、
少々のものが挟まっても最後はピシャリと。

decision(判決)
COA-2くらい。

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