降伏か死か

カーター大統領とブレジネフ書記長がナイアガラの滝を訪れた。

2人は「どちらのボディーガードがより優秀か」という話題で盛り上がった。

ブレジネフ:「試してみよう。この滝に飛びこませるのがいい。」

米ソそれぞれの側で命令が下された。

アメリカのシークレットサービスは拒否した。
「とんでもない!私には妻と子供がいます。」

ソ連のボディガードは真っすぐ滝に向かい、飛び込もうとした。
アメリカのシークレットサービスが驚いて止める。

「おいおい、なんでそんな命令に従うんだ、拒否できるだろう。」

ソ連のボディガードは驚いて言った。
「とんでもない!私には妻と子供がいます。」

このアネクドートでまず思い出すのは江陵浸透事件です。

1996年9月17日、韓国江原道江陵(カンヌン)市において、
工作員を回収しようとした北朝鮮小型潜水艦(サンオ級)が陸岸に近づきすぎて座礁、
乗組員と工作員の26名が韓国内に逃亡、
翌18日に事件が発覚、
韓国軍、警察延べ150万人が動員され掃討作戦が行われました。
この掃討作戦が終了する11月7日までの49日間の間に、
1名逮捕、13名射殺、11名が集団自決、1名は行方不明になりました。
この間、韓国軍に13名、銃撃戦に巻き込まれるなどした民間人6名の被害が出ています。

集団自決したのは潜水艦艦長と政治将校、工作員の11名で、
青酸カリを服毒し、更に拳銃で頭を撃ち抜くという、
徹底した自決方法でした。

麻生幾の小説「宣戦布告」のモデルにもなりましたし、
唯一逮捕された李光洙(イ・ガンス)も手記を出しています。

同種事案で、
1998年6月22日、韓国江原道束草(ソクチョ)において、
韓国海軍が漁網に引っかかった北朝鮮小型潜水艦(ユーゴ級)を発見するという事件がありました。
中から発見されたのは集団自決した乗組員と工作員9名で、
秘密区分のある文書や機器などを処分した後、
工作員4名は乗員5名を射殺し、その後自決したとされています。

さかのぼれば、
1987年の大韓航空機爆破事件、
1968年の青瓦台(大統領官邸)襲撃未遂事件など、
北朝鮮による対南工作としてさまざまな事件が発生しています。

これら事件に共通する特徴は、
生きて降伏した工作員が非常に少ないということです。

愛国心、使命感や名誉といった要素もあるでしょうが、
彼らにとって最も重要なのは家族の命運だったのではないかと思います。

北朝鮮の特殊工作員が「敵」に降伏したら、
当然それは「裏切り者」の烙印を押されることになり、
更には、残してきた家族もまた不幸な目に逢うことを意味します。

こうした特殊工作員の多くは中級エリート層から選ばれるそうです。
(佐官級の軍人、ある程度の党幹部、大学教授などの子供など)
あまり上の方だと、親は子供をそんな危険な任務に就かせたくないだろうし、コネで回避ということもあり、
あまり下の方だと、失うものがないので「忠誠心」が怪しくなる、というところでしょうか。

万一、生け捕りなどされようものなら、
家族(両親、配偶者、子供、兄弟)もあらゆる地位や特権が剥奪されて、
最悪の場合、収容所送りもあり得ます。

他方、
本人が「名誉の戦死」をした場合、
「英雄」の家族として遺族はそれなりの処遇が得られます。
子供がいれば金日成総合大学に入学できたり、
配給(90年代にシステムは崩壊しましたが)が増えたり、
ということもあります。

団体責任としてこのようなプレッシャーを加える。
家族を人質に取ったようなやり方で、おおよそ人道的とはいえないですが、
降伏より死を選んだ工作員の数を見れば、
考案者の思惑どおり機能していると思います。

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