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香港のダムめぐり・その1「香港島・九龍」編
香港でダムめぐりをしている。
高層ビルがひしめく、あの香港でである。
香港に旅行に行く目的というのは、だいたい相場が決まっている。ビクトリアピークからの夜景を眺め、買い物をして、飲茶を楽しむ。キッチュな雑貨を買い回ってもいい。これに、予算次第で、高級ホテルでアフタヌーンティーだのエステだのナイトライフだのが加わる。だから、香港にダムを見に行こうと思う以前に、「そもそも香港にダムってあるの?」というのが世間一般の感覚であろう。
しかしながら、よく考えてみてほしい。香港には740万人が住んでいる。その人口を支えるために飲料水や生活用水を確保をしなければならない。そのためにはダムが必要になる。香港は面積が1,100平方kmあるが、その60%は山地が占めている。トラムで登るビクトリアピークは有名な観光地だが、香港島に並び立つ高層ビルの裏手はすぐ山になっている。九龍半島にしてもそうだ。すぐ近くまで山が迫っている。香港には大きな河川こそないが、谷や沢を塞き止めて水を貯めることができる。現在、香港の域内には上水道用の
ダムだけで17ある。
実は香港には農地もある。面積の9割を占める新界と呼ばれる地域には田畑が広がり、その農業用水を確保するための灌漑用ダムが12ある(離島を含む)。用途を終えてレジャー用とされているダムを含めると、香港には30のダムが存在している。
日本で例えると北海道札幌市とほぼ同じ広さの土地に、30ものダムがあるというのは、世界でも有数のダム集積度を誇るのではないだろうか。
数だけでなく、歴史もある。香港で最初の薄扶林水塘ダムが竣工したのは1863年のこと。今から160年以上も前になるが、このダムは今も現存している。その頃の日本はまだ江戸時代で、年表でいうと下関事件や薩英戦争が起きた年である。幕末の混乱がいよいよ深まっていく頃だ。明治維新は5年後。日本で最初に近代式ダムが作られるのは香港に遅れること28年、1891年竣工の本河内高部ダムの旧堰堤(長崎県長崎市)である。
香港でこのように早くからダムが建設された理由は、イギリスの植民地だったことにある。1842年、アヘン戦争後の南京条約によって香港島が中国からイギリスに割譲されて以降、それまでの小さな漁村だった香港は、貿易港として急速に発展し始める。都市発展に合わせた水道水の供給は、常に植民地経営の課題となった。ダムを建設しても建設しても、人口の増加に追いつかないのである。その結果、1978年の萬宜ダムの竣工まで、100年以上に渡ってダムが作られ続けてきた。
これまた稀有なことで、香港に行けば、建設された時代毎の様々な構造・様式のダムを見ることができ、100年間のダム建設の発展史を概観することができる。
※以上の「前文」は同人誌『テクノスケープガイド』に掲載したものを再編集して掲載している。
1日目:香港島南側のメイソンリーダムめぐり
2018.09.14
香港ダムめぐりの1番目は香港仔(アバディーン)地区から始める。まだ香港に慣れてなくて、わかりやすく地下鉄でアプローチできそうということで選んでしまったというのが正直なところだ。黄竹坑駅まで行って、そこから歩いていく。
途中20%(100m進むと20m登る)という急坂もあったが必死に登る。ミニバスとすれ違って、ミニバスを使えば楽だったと後悔するが、最初はまだ元気があるので気合で登り切った。
その坂道の先にさらにハイキング路があって、ダムはその先だったのだが…
香港仔下水塘ダム
1890年
堤頂長96.0m / 堤高18.1m
自然越流で放流していた。香港のダムはクレストが自然越流のものが多い。
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香港仔上水塘ダム
1931年
堤頂長126.8m / 堤高35.9m
名称が示している通り、香港仔上水塘ダムは下水塘ダムの上流にある。ダム建設適地が限られている香港では、一つの河川に複数のダムをカスケード状に建設することが多い。
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次は大潭地区に向かう。
ここから先はバスを駆使しての移動になる。まずは赤柱(スタンレー)まで行って、そこでミニバスに乗り換えるのだが大潭に行く便がなかなか来ない。30分ぐらい待ちぼうけになって、ようやくミニバスがやって来た。
さて、ミニバスに乗ったは良いけれどもどうやって降りようか。なにせ、最寄りのバス停の名前はわからないし、わかったとしてもどう発音すればよいか全然わからない。そうなると"NEXT STOP"作戦しかない。ミニバスのルートは大潭篤水塘ダムの堤体の上の道路を通るというのはわかっていたので、ダムが見えたら"NEXT STOP"をコールして、次のバス停から戻るという寸法だ。こういう時オクトパスは便利だ。手前のバス停だろうが、1つ先のバス停だろうが、少なくとも運賃の支払いでトラブルになることはない。
この方法で、無事、大潭篤水塘ダムの北側のバス停で降りることができた。
このバス停がベストポジションだったようで、すぐそばに海辺に降りていく歩道を見つけて大潭篤水塘ダムの堤体下に出ることができた。
そういうわけで、現地では大潭篤水塘ダム→大潭水塘ダム(上ダム)の順番に回ったのだが、歴史的な順序に従って上流側の大潭水塘ダムから順に下流に向かって紹介することにする。
大潭水塘(大潭上水塘)ダム
メイソンリーダム
1889年
堤頂長150.0m / 堤高42.0m
大潭水系で最初に造られたダムだが、その後、周囲にダムが建設されていったため区別するために「上水塘」と呼ばれている。現地の看板も「上水塘」になっている。
階段状になっている堤体が特徴的だ。
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大潭副水塘ダム
1904年
堤頂長36.6m / 堤高11.9m
日本では堤高が15m以上のものをダムとして定義しているので、その基準を当てはめるとダムとは呼べないダム。実際、ちょっとした堰堤と言った風体で、見に行った時は自然越流していた。
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自然越流式になっていて、満水状態だと水面が切れ落ちたように見える。
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大潭副水塘ダムの副ダム。
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地図を見てみると、このダムは大潭上水塘ダムの余水吐きを兼ねていることがわかる。
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大潭中水塘ダム
1907年
堤頂長134.1m / 堤高31.0m
大潭水系の支流に造られたダム。
安全上の理由から、1977年に余水吐きを3m切り下げ工事を行なっている。
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大潭篤水塘ダム
1917年
堤頂長363.9m / 堤高49.0m
大潭水系の一番下流に造られたダムだが、堤体の下はもう海だ。山が海に迫っている香港島らしい光景だ。
堤体の上には赤柱と柴湾を結ぶ道路が通っていて、交通量が多い。
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鶴咀半島から望遠すると大潭篤水塘ダムの立地がよくわかる。手前にヨットやクルーザーが停泊しているが、その入り江の奥にダムが存在している。
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上流から眺めた大潭篤水塘ダム
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順々に下流にダムを建設してきて、大潭篤水塘ダムはついに海に面してしまったのだが、ここで困ったことが起きてしまった。取水した水をそのままでは島の反対側にある市街地まで届けることができないのだ。大潭水塘ダム(上ダム)は標高150mぐらいの位置にあるので水路を通せば水は自然と市街地の方に流れていった(自然流下)が、大潭篤水塘ダムは海面の位置なのでそういうわけには行かない。そこでポンプを使って加圧送水することにした。
煉瓦造りの送水ポンプ室も残されている。
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今回、香港島の南側ということで、香港仔から大潭に向かってしまったが、実は赤柱から東側はバス交通が不便な場所だったようだ。
黃泥涌から山越えで大潭に抜けるハイキング路があり、それが「大潭水務文物徑 Tai Tam Waterworks Heritage Trail」として整備されているので、ダムめぐりとしてはそちらのルートを使った方が良かったかもしれない。
2日目:香港最古のダムと九龍の4ダム
2018.09.15
1日目の夜、googlemapとにらめっこしてバスの路線を検索したら、ホテルを取っていた北角は、実は香港島の南側へアクセスするには非常に便利な場所だったことが判明した。最寄りのバス停から直接アクセスできるバスが出ている。そういうわけで2日目は最初からバスを利用して移動することにした。
黃泥涌水塘ダム
1899年
堤頂長110.0m / 堤高20.0m
1978年に水源としての運用が停止されて、今は利用されていない。
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このダムで見逃せないのが階段状にデザインされた余水吐きだ。
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薄扶林水塘ダム
アースダム
1863年
堤頂長171.0m / 堤高18.0m
香港最古のダム。
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次の年に香港を再訪した際にビクトリアピークに登ったら、なんと足元に薄扶林水塘ダムが見えた。ただ観光していると気付かないが、香港のダムはすぐそばにあるのだ。
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さて、これで香港島にあるダムは制覇だ。これまで8基のダムをめぐったけれど、まとまってあるので捗る。
まだ時間はあるので九龍の方にもダムを見に行くことにする。
【九龍の4ダム】
香港は大きな川がないので、山から流れ出る沢を堰き止めてダムを造るしかない。それも、ある程度水が確保できる沢は限られているので、1つの沢にいくつも集中してダムを造ることになる。それは1日目に香港仔の上下ダムや大潭水系の4ダムを見たとおりだ。
今から行く九龍地区も4つのダムが集中している。
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これらのダムは金山郊野公園というレクリエーションエリア内にあるので、ハイキング路が整備されていて手軽に訪れることができる。
今回も最寄りのバス停に着いたのが14時で、そこから一気に回った。最寄りと言っても本当の最寄りバス停ではなくて、例によってその次の NEXT STOPではあるが。
九龍水塘ダム
コンクリート重力式アーチダム
1906年
堤長182.9m / 堤高33.2m
見えてきた九龍水塘ダムはなんとアーチ状だ。これまで香港で見てきたダムはいずれも重力式のメイソンリーダムだったので、アーチダムがあるのは新鮮だ。テンションが上がる。
ちなみにこの光景は、散策路の入口で公衆トイレもある「石梨貝水塘 Shek Lei Pui Reservoir」バス停ではなく、その次の「九龍水塘 Kowloon Reservoir」バス停まで行かないと見れない光景だから、"NEXT STOP"作戦の恩恵だ。
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車道をダムに向かって降りていくと、最初に余水吐きが出てきた。アーチダムなので余水吐きは堤体に設けずに別途地山を開削して設けてある。セオリー通りだ。
橋の下に陰になっていて見づらいが、余水吐きが階段状になっている。この形状は今朝黃泥涌水塘ダムでも見た。
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堤体にたどり着いた。アーチ形状だけど下に行くにしたがって裾が広がっている。アーチ形状と重力式の形状の折衷案的なスタイルだ。
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九龍副水塘ダム
1931年
堤頂長106.0m / 堤高41.1m
九龍水塘ダムの15年後に、その下流に建設されたダム。
九龍の4ダムの余水は最終的には副水塘ダムに流れ込むが、副水塘ダムは(他のダムもそうだが)ダム自体には洪水調整機能を持っておらず、洪水対策が長年課題となっていた。そこで2019年に副水塘ダムと2.8km離れた下城門ダムとの間に直径3mのトンネル水路を建設して、洪水時には水を下城門ダムに送って洪水調整ができるようにしている。
クレストは自然越流式になっていて、その上に通路橋が渡してある。視点場が取れないのが残念だ。
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九龍水塘ダムから副水塘ダムを望む。ダムに送電線にガントリークレーンに斜張橋(ストーンカッターズ橋)が一挙に見えるという、マニア垂涎のアングルだ。
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九龍接收水塘ダム
1926年
堤頂長70.1m / 堤高13.0m
接收水塘という言葉、英語ではReception Reservoir と表記して、水を受ける側の貯水池という意味だ。城門水塘ダムからこの接收水塘まで導水管が通っていて水を送っている。
接收水塘のそばには浄水場があるため、その調整池として安定した水量を浄水場に送る役割を果たしていると理解していいだろう。
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石梨貝水塘ダム
1925年
堤頂長83.5m / 堤高22.3m
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下城門ダムにはたどり着けず-そして次回へ
九龍の4ダムを巡り終えて石梨貝水塘バス停に戻って来たのがちょうど16時。散策路を2時間で回ったことになる。
まだ日は高いので、下城門ダムにも行ってみようと思う。
地図を見ると下城門ダムへは大囲新村というニュータウン(MTRの駅もある)からアクセスできそうで、今いる石梨貝水塘バス停はそこへ行くバス路線の途中のバス停だ。ちょうど都合がいい。
そんな軽い気持ちで大囲新村までバスで行き、ニュータウンの中のコンクリートで固められた川を上流に向かって歩き出した。この川は城門川でこの上流に下城門ダムがあるはず。
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ところが、川沿いの道は行き止まりになってしまった。そこで見かけたのが、この構造物。後で調べてみたら下城門ダムの余水吐きの放流口でスキージャンプ式になっているようだ。
それはいいのだが、ニュータウンの中心部からは外れてしまって、バラック小屋があったり粗大ゴミが散らかったりしていて、治安が心配になる。ダムへ行けそうな道も見当たらないし、ここで断念して引き返した。
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普通であれば次の日に出直すところだが、なんと台風直撃。
1日中ホテルに缶詰になって過ごした(交通機関は止まるし、ホテルから出られないし、窓枠の隙間から水が入ってきてびしょびしょになるし、テレビはNHKの国際放送見ていたのだけど衛星信号が減衰して見れなくなるし、その次の日の帰国便は遅れて(台北乗り換えの便だったので接続便に間に合わず)振り替えになるし、とにかく大変だった)。
結局時間切れで、12ダム巡ったところで今回は終了と相成った。
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おまけ
郊外にダムめぐりに出かける前に街中でチャーシュー屋に立ち寄って作ってもらったお弁当。ご飯にタレがかかっていて美味しい。
こういうのが香港旅行の楽しみ。
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「新界の大規模ダム」編につづく