「カナメくんはお金がないから働く」
「カナメくんはお金がないから働く」
カナメくんはお金がないから働く。言い換えるとするならば、カナメくんは働いているのにお金がない。まったくないわけではないけれど、カナメくん自身が、お金がないと思うとするならそれはお金がないのだと言ってもいいと思う。どうしてお金がないのか。それはカナメくんがお金を使うからだけれど、使うお金があるということならば、お金があるのではないかと思われてしまうこともある。でもカナメくんから言わしてみればそれはお金があるかないかの物理的な話であって、カナメくんが言いたいのはお金がないという実感が伴うのであればその瞬間からそれはその人にとってはお金がない状態と言って差し支えないとのことだった。だからカナメくんにはお金がない。いやあるけれど、つまりそれはなんというか、お金ではあるけれど、お金があると言えるようなお金じゃないというか、まあとにかくカナメくんはお金がないから働かないといけない。
だけれども少し分からないのが、私だって働いているけれど、お金がないと思ったことはない。あるにはある。毎日食べ物を買うし、生活に必要なものがあれば買いそろえるし、貯金は年々増えていく。給料だって、一年に一回の昇給もある。だから働いているからお金があると思ったことならあるけれど、お金がないと思ったことはない。
それがねつまりね、お金があるってことだよ、とカナメくんは言った。カナメくんが言うままを信じれば私はお金があるということで、私もそう思うのだけれど、でもじゃあどこからがお金があってどこからがお金がないのかと尋ねてみれば、カナメくんは、どこからがどうとかどこからがこうとかは関係なくて、ないものはないし、あるものはあるだけ、だと言って夜のコンビニのバイトに向って行った。あるものはあるだけ、ないものはない。カナメくんのいなくなった空間を見ながら、もう一度つぶやく。あるものはあるだけ、ないものはない。私はあるのだろうか。ないのだろうか。目をつぶり、心臓に手を当てて耳を澄まして聞こえるこの音は。