4、集団主義という特徴
神戸大学大学院人文学研究科「遺伝子と社会・文化環境との相互作用:最近の知見とそのインプリケーション」より
■5-HTTLPR と集団主義
これまでの研究によると,L 型と比べ,S 型の人は不安傾向が強く,怒りや恐怖表情に対してその扁桃体が強く活動しやすい。 ま た, 鬱病のかかりやすさと環境要因(例えば,ストレスフルな家庭環境)との関係がこの遺伝子多型によって調整されていることも知られている。SL および LL の人では環境要因による影響がほぼ見られないのにし,SS の人ではその影響が大きい。そのため環境要因が厳しいほどSS の人は鬱病にかかりやすい一方,ストレスの低い環境下では SL および LL の人と比べても鬱病にはなりにくい。このことは,S 型は不安傾向が高く,特にその対立遺伝子が 2 つとも S 型の場合には一見してその適応度が相対的に低いように思えるが,しかしストレスレベルが低い環境においてはむしろ鬱病になりにくいため,そうした環境下における SS の適応度は相対的に高い可能性を示唆する。
加えて,5-HTTLPR の S 型の割合には大きな地域差が存在する。例えば東アジアにおいて S 型の人は70̶ 80% を占めるのに対し,ヨーロッパではその割合は 40̶ 45% である。 興味深いことに,S型の割合と個人主義̶ 集団主義との間に強い関係が見られ,S 型の割合が高い社会ほど集団主義傾向が強いこと,さらに S 型の割合が高い社会ほど WHO による調査に基づく鬱傾向や気分障害の割合が小さく,しかもこの関係は集団主義傾向によって媒介されることを示している。
■S 型は不安だから気配りする?
また,歴史上,病原体の感染に晒された地域ほど集団主義傾向が強いことも示唆されているが,S 型の割合がこの関係を一部媒介し,病原体の感染に晒された地域ほど S 型の割合が高く,そして集団主義的であることも示している。病原体を始めとするさまざまな脅威にさらされた地域ほどその規範は厳
しいとする最近の知見を踏まえても,集団主義,具体的には逸脱者に対して厳しく罰したり,集団内の関係や結びつきに高い価値を置いたりする社会は,脅威にさらされた個人にとって“バッファー”として機能していた可能性があるだろう。そして 5-HTTLPR の個人差に鑑みると,非常に厳しい環境という点では S 型において不利だったかもしれない。しかし対抗手段としてそうした厳しい規範を維持していく観点からすると,S 型は,不安傾向が高い故に周囲に気を配るという意味で相対的に適応的であったのかもしれない。そして S 型の割合が増えると,その社会は,その人々の行動傾向に見
合った集団主義的な規範が維持される方向へと進化したのかもしれない。
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