5、相互協調的自己感という特徴
神戸大学大学院人文学研究科「遺伝子と社会・文化環境との相互作用:最近の知見とそのインプリケーション」より
ヒトの OXTR 遺伝子と社会・文化環境との相互作用に関する研究も進められつつある。オキシトシンには,向社会性や他者に対する信頼感を高めたり,ストレスを緩和したりする機能がある。 ヒト の OXTR遺伝子(rs53576) に は A と G の 2 つのタイプがあり,A の遺伝子を持つ人と比較し,G の遺伝子を持つ人は共感能力に優れ,ストレスへの対処能力が高い。
ソーシャルサポートに関する文化的規範には,洋の東西における自己観が反映されている。西洋で優勢な相互独立的自己観とは,“自己=他から切り離されたもの”という信念により特徴づけられる。自己は自分自身の中に確固とした属性を見いだし,それを外に表現することで形成される。このもとでは,自己の特に望ましさに注目してそれを他者にアピールしたり,それによって他者に影響を与えたりすることは,自己形成の 1 つのストラテジーである。
一方,東洋で優勢な相互協調的自己観とは,“自己=他と根元的に結びついているもの”という信念により特徴づけられる。自己は,他と関係を結び,社会的関係の中で意味ある位置を占めることで形成される。このもとでは,他者とのバランスや調和に配慮しながら,周囲の人々との関係の中で意味ある位置を占めることで自己が形成されていく。
この東洋において優勢な相互協調性には“ 持ちつ持たれつ” 的な返報性としての一面がある。 例えば,米の同性友人ペアにおけるサポートの仕方を調べたKitayama et al.(2010)は,アメリカよりも日本のペアにおいて,サポートを受け取った側の知覚と支援を与えた側の知覚が似ていることを示している。この日本における友人関係は,良い言い方をすると互恵的,悪い言い方をすると互いが互いの支援とその程度を監視しているものと言えるかもしれない。
また,ギブアンドテイクのバランスをとろうとする友人関係においては,相手から助けられたら,その相手を助けるのみならず,相手に対し必要以上に負担をかけないようにすることも期待されている可能性がある。というのも,もしも相手に対して非常に大きな問題を持ちかけ相手を困らせたり,しかもその相手がかなりの犠牲を払っていろいろと助けようとしてくれたりするのであれば,そのことは相手と自分との関係のバランスを損なわせ,関係を壊す原因になりかねないからである。こうした懸念ゆえに,困っていても相手に助けを求められないという事態が相互協調性を重視する友人関係だからこそ生じやすいかもしれない。
Taylor et al.(2004)は,ストレスの対処法として,アメリカ人は他者にサポートを求めやすいのに対し,韓国人は“和を乱す”“他者に話すことで事態が悪化する”“他者から批判される”などを高く懸念し,他者にサポートを求めにくいこと,そして他者にサポートを求める程度のこの文化差は,そうすることの懸念を見積もる程度の強さによって媒介されることを示している。
そして Kim らの最近の研究は,他者へのサポートの求めやすさに関するこの文化差がOXTRの多型によって調節されていることを示唆している。特に,現在ストレスを強く感じていると報告した群に注目すると,アメリカ人においてもとりわけ GG/AG を持つ人ほど,他者にサポートを求めやすかった。また,興味深いことに,GG/AGを持つ人の割合は,一般的にアジアよりも北米において高く,その傾向が Kim らのこの研究でも見られている。
遺伝子と社会・文化環境との相互作用の観点からこれらの結果をまとめると,相互独立的自己観に特徴づけられる社会・文化環境では,他者にサポートを求めることを阻害する要因(例えば懸念を生み出すような人間関係のあり方)が少なく,むしろ自発的にそのようなサポートを求める行為が適応的であり,結果的にそれに対応した遺伝子多型(OXTR の G)が選択されや
すかったのかもしれない。
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