Aya Nakamuraとパリ・オリンピック
パリ・オリンピックを巡って、シンガーのアヤ・ナカムラが国家規模の騒動に巻き込まれています。
ことの発端は、ナカムラが2月にマクロン大統領と面会した際にオリンピックの開会式でエディット・ピアフの曲を歌わないかと打診された、という報道。これに反移民の右派が大反発、それを受けてナカムラへの人種差別容疑で検察が捜査を開始した、という構図です。
アヤ・ナカムラは「Djadja」など、文字どおり「桁が違う」大ヒット曲を持ち現代フランスの音楽シーンを代表するシンガーです。ナカムラはドラマの登場人物から取った芸名で、 日本とは関係なくマリからの移民。アヤ・ナカムラの音楽についてはこちらの記事が詳しいです。
さて、今回はガーディアンとBBCの記事を読み比べてみました。どちらもイギリスのリベラルなメディアですが意外と論調は異なっており、ガーディアンはナカムラ擁護、一方のBBCはちょっと厳しめになっています。
たとえばナカムラの経歴を紹介するにしてもガーディアンは「幼い頃からパリ郊外で育った」ことに重心が置かれていますがBBCは「(マリの)バマコ生まれ」から始まっています。
また、BBCでは世論調査の結果としてアヤ・ナカムラの知名度は80%、そのうち好印象を持っているのは30%だけ、ナカムラの音楽を知っている人のうち73%は彼女の曲が好きではないと答え、63%はオリンピックで歌うべきではないと答えている、と伝えています。
世論調査の対象が明確に記されていないとはいえ、さすがにちょっと否定的に偏り過ぎではないかと思ってしまいます。それともこれが「白いフランス」の本音なのでしょうか。
ガーディアンでは再生回数などの数字に表れる以上のナカムラ人気としてフランス中の結婚式でナカムラの曲が愛されていることを挙げられており、また2021年にサッカーのフランス代表チームのアンセムを作る際にコンゴ系フランス人ラッパーのYousouphaが選ばれた時も今回と同じような反発が起こったことを伝えています。
興味深いのがナカムラへの批判として「フランス語で歌っていない」というものがあることです。
一方、フランスを代表すると言われているダフト・パンクらが英語で歌う傾向があるのに対し、ナカムラはフランス語で大ヒットを生み出したとも指摘されています。
ナカムラは実際ほとんどの曲をフランス語で作っているので、ここでの「フランス語で歌っていない」は要するにスラングを使っていたり、文法的に正しくなかったり、といったことを指していると思われます。
移民の言葉遣いが低く見られるのは世界中どこにでもあることで、合衆国でも黒人英語は正しくないとされたりしますが、フランスでも同様に移民系のラッパーが「条件法過去も使えないくせに」と蔑まれたりします。特にフランスではナショナルなアイデンティティが「フランス語」と強く結びついているからこそ、反発も大きいのかもしれません。
そういうこともあってか、ガーディアンではボードレールからセルジュ・ゲインズブールまでフランス語の言葉遊びの伝統の上にナカムラを位置付けた上で言葉遣いに関するコメントを掲載しています。
アヤ・ナカムラが実際に開会式で歌うかどうかはまだわかりません。パリ・オリンピックは少し前にポスターを巡っても右派からの反発が起こっていたので、ナカムラの騒動はその余波を食らってしまったようにも見えますし、まだこれからもフランス社会における人種や移民の問題が表面化してくるようにも思えます。
アヤ・ナカムラの話題はTwitterで見る限りですが日本ではあまり関心を持たれていないようです。「フランス」というだけで関心を持つ人もいれば興味を失う人もいると思いますが、USのラップやヒップホップ、R&Bなどを聴くことで人種問題などに関心を広げていった人に少しでも届けばと思い、書いてみました。
最後に、アヤ・ナカムラも育ったパリ郊外を描いた「移民のフランス」映画、『アテナ』の予告を置いておくことで終わりにしたいと思います。