スーパーボウルに見る黒人音楽の多様性 〜 ハーフタイム・ショーだけじゃない

「Lift Every Voice and Sing」

スーパーボウルのハーフタイム・ショーの盛り上がりは凄まじく、Dr.ドレの話は至るところでされていると思うので、ここでは試合が始まる前に歌われたブラック・ナショナル・アンセムの話をしましょう。

ブラック・ナショナル・アンセムこと「Lift Every Voice and Sing」は1900年代初頭に書かれて以来ブラックコミュニティで長く歌い継がれてきた曲で、近年のBLM運動の盛り上がりとともにその象徴的な歌詞で再び注目を集めました。

Lift every voice and sing,
’Til earth and heaven ring,
Ring with the harmonies of Liberty;
Let our rejoicing rise
High as the listening skies,
Let it resound loud as the rolling sea.
Sing a song full of the faith that the dark past has taught us,
Sing a song full of the hope that the present has brought us;
Facing the rising sun of our new day begun,
Let us march on ’til victory is won.

2018年にはビヨンセがコーチェラで、そして2020年にはアリシア・キーズが「Lift Eevry Voice and Sing」を歌い、短いMVとなっているアリシアのヴァージョンは2021年のスーパーボウルの試合前に改めて放映されています。


メアリー・メアリー

その「Lift Every Voice and Sing」は今年も試合前に歌われており、その歌唱を担当したのがゴスペルデュオのメアリー・メアリーです。

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試合開始前、しかもスタジアムの外で歌われたこともあり注目度は低かったですが素晴らしいパフォーマンスです。

R&B/ヒップホップと変わらないサウンドでゴスペルを歌うことは今でこそ珍しくはありませんが、約20年前にそのスタイルで大ヒットを出したのがこのメアリー・メアリーでした。

メアリー・メアリーのエリカとティナの姉妹はLA出身なので今回のスーパーボウルで「Lift Every Voice and Sing」を歌うに当たってこれ以上ない人選なのですが、彼女たちはLAの中でもLAラムズの本拠地があるイングルウッドで生まれ育っています。

ハーフタイム・ショーのCMではコンプトン出身のケンドリック・ラマーが自転車で駆けつけていたのが話題になりましたが、メアリー・メアリーはさらに近所で徒歩圏内ということになります。

メアリー・メアリーとしてのアルバムはしばらくリリースされていませんが、今も変わらずに伸びのある歌声で息のあった美しいハーモニーを奏でているのでこれを機に新作にも期待したいところです。


LAフィル

今回メアリー・メアリーとともに「Lift Every Voice and Sing」を演奏しているのがYOLO(ユース・オーケストラ・ロサンゼルス)。ロサンゼルス・フィルハーモニックが地元の5歳-18歳の若者に無料で音楽の支援を行なっているプログラムです。

YOLOがスーパーボウルの催しに参加するのは2016年のコールドプレイとの共演に続き2回目。LAはジャズやクラシックの幅広いミュージシャンの層の厚さが知られていますが、こうしたプログラムにその一端が伺えます。

また昨年2021年はLAフィルの初演から100周年となっており、メアリー・メアリーはその時にユース・オーケストラではなく本編のLAフィルと共演を果たしています。


音楽監督デリック・ホッジ

オーケストラがあれば曲を編曲してまとめる人がいる、ということで今回の「Lift Every Voice and Sing」の音楽監督を務めているのがフィラデルフィア出身のジャズベーシスト、デリック・ホッジ。

ジャズとヒップホップを繋いだロバート・グラスパー周りの作品で有名ですがクラシックの仕事も多く、Nasが2014年に『Illmatic』20周年記念でオーケストラと共演した時に音楽監督を務めていたのもデリック・ホッジでした。2021年にH.E.Rがハリウッド・ボウルでLAフィルとライブをした時に、オーケストラとは初共演だったH.E.Rをサポートしていたのもデリック・ホッジです。

ハーフタイム・ショーのDr.ドレのバンドでは元ザ・ルーツであるアダム・ブラックストーンがベースを弾いていたのが確認されているので、フィラデルフィアが生んだ2大ベーシストが揃ってスーパーボウルに駆けつけたことになります。


指揮者トーマス・ウィルキンス

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「Lift Every Voice and Sing」でオーケストラを指揮していたのがハリウッドボウル・オーケストラ首席指揮者のトーマス・ウィルキンス。

ウィルキンスのインタビューでの語り口は柔らかいですが、1956年生まれ、シングルマザーのもとプロジェクト(低所得者層向け団地)で育った黒人少年がクラシック音楽の指揮者を目指すにあたって直面した障害は想像を絶します。

ウィルキンスはクラシック音楽の指揮者としてデューク・エリントンの評価を確立させる取り組みも行なっているようで、LAフィルを率いてジャズピアニストのジェラルド・クレイトンとともにエリントン楽曲を取り上げています。



まとめ

ここまで見てきたように今回のブラック・ナショナル・アンセムはゴスペル、ジャズ、クラシックそれぞれのミュージシャンが一体となって作り上げたものですが、メアリー・メアリー、デリック・ホッジ、トーマス・ウィルキンスはそれぞれジャンル越境的にも活動しています。

あくまで黒人音楽家を主体にしつつもその音楽的多様性をLAフィルで包み込んだような「Lift Every Voice and Sing」の構成は、初めてヒップホップがメインアクトとなったハーフタイム・ショー本編と同じくらいエポックメイキングだったと言ってもいいのではないでしょうか。

むしろ、スーパーボウル自体が現代黒人音楽の多様性のショーケースとなっていたことにこそ注目すべきなのかもしれません。そこには黒人のクラシック音楽指揮者いれば白人のラッパーもいる。日系や韓国系の黒人も自然とそこにいることができる。黒人のカントリーシンガーが国家を歌うこともできる。

ジェイZとロックネイションがスーパーボウルのプロダクションを請け負って以来、合衆国の分断が叫ばれる中でラテン系のシャキーラとジェニファー・ロペス、アフリカ系カナダ人のザ・ウィーケンドとブッキングの巧みさが目立っていましたが、LAという都市を軸に多様な黒人音楽を打ち出すことに成功した2022年の意義はこの上なく大きいものになったと思います。


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