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北欧の出生率も急減。他国でも進む少子化
「日経グローカル誌」2023年10月16日掲載
筆者はオックスフォード大学の研究員を経て、南デンマーク大学の人口学センターで研究員をしている。専門は人口学だ。ある地域の人口が増減する要因である出生、死亡、そして移動について扱う分野である。人口にかかわる少子化や高齢化、健康寿命、そして移民問題は、日本だけでなく世界的な社会課題となっており、人口学はそれらと密接な学問だ。
人口減少や高齢化など日本は、課題先進国と呼ばれるものの、残念ながら人口学部を持つ大学は存在せず、私は職と最先端の研究環境を求めて、これまでイタリア、スペイン、イギリス、そしてデンマークと渡り歩いてきた。
今回から6回にわたって、日本の少子化について、他の先進国の事例も踏まえながら解説していく。この連載が日本における少子化の理解につながり、自治体での少子化対策のアイデアや企業の子育てサポート等のアイデアのきっかけになることを期待している。
約30年に及ぶ少子化対策も効果無く
今回は世界全体の少子化の現状をみた後に、少子化の定義や少子化を理解するために必要な指標を紹介し、日本や他の先進国での少子化の主な要因を説明する。
まず世界全体の現状からみていこう。国連のレポートによると、2021年の世界人口のうち、約2/3の人が少子化社会に暮らしている。東アジア・東南アジア地域の合計特殊出生率(少子化度合いを測る指標。以下、出生率とする)は欧州・北米地域と同じく1.5と世界全体で最低水準になっている。少子化は日本だけでなく、多くの先進国で起きている課題である。
いくつかの先進国の状況を詳細に見てみよう。図に、日本、フランス、イタリア、米国、そしてフィンランドの出生率の推移を示した。
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点線は、人口置換水準といい、人口維持に必要な出生率の水準を示す。一般的に、現代の先進国における人口置換水準は約2.1とされ、出生率がこの人口置換水準を長期間下回ると、少子化と定義される。少子化になると、一人当たりの女性の出産数が2以下の状態になり、子世代の人口が親世代の人口よりも減り、さらにその子どもも減っていくため、人口数が長期的に減少していく。
日本は、1975年に出生率が人口置換水準を下回った。1989年にはそれまで最低であった1966年(ひのえうまの年)の1.58を下回った衝撃から「1.57ショック」と呼ばれ、少子化への国民の関心が高まった。1.57ショックを受けて、1990年代から少子化対策が開始されたにもかかわらず、少子化には歯止めがかからなかった。2021年の出生率は1.3と、先進国の中でも低く、超低出生国に分類された。1975年以降、約50年間に渡って少子化社会になっている。
それでは他の先進国はどうだろうか。南欧のイタリアをみてみる。イタリアは女性の就労や家庭内での役割などで伝統的価値観が根強く残っている。女性の就業率は低く、家事・育児負担が女性に偏っているなど日本と似ている点が多く、日本と南欧の比較は、日本の少子化理解に貴重な示唆を与えてくれる。そのイタリアの出生率は、1960年代には約2.5と日本より高かったが、その後、急速に低下し、1977年に人口置換水準を下回り、95年にはこれまでで最低の1.19となっている。その後、2010年にかけて増加したものの、再度減少し、2021年の出生率は1.25となっている。
ジェンダーの平等が進んで社会福祉が整い、失業率が低いなど様々な点でモデル国としてとらえられてきた北欧諸国はどうか。フィンランドに着目してみると、少子化の歴史は日本より長く、1969年に人口置換水準を下回っている。出生率は1973年まで急低下するが、同年の1.49を底に、その後は人口置換水準よりは低いものの比較的高い出生率を保っていた。しかし10年以降、出生率は急降下し、2022年には1.32と日本(1.3;2021年)やイタリア(1.25;2021年)と同じ水準になっている。他の北欧国の出生率は若干高いものの、こうした傾向は同様に表れている。人口学者の間でも驚く声が多く、これまでの北欧モデルの変革が求められている。
フランスと米国も、前述の3カ国と同様に1975年前後で少子化社会に突入するものの、人口置換水準に近い値を保っている。近年は減少傾向にあるが、他国に比べるとそれほど深刻ではない。
ところで、少子化はなぜ問題なのだろう、本当に社会で解決すべき問題なのだろうか。少子化課題に関する記事をみると、1)生産年齢人口(15~64歳人口)の減少による経済力低下や労働力の確保の困難化、2)現行の社会保障制度が維持できない、3)地域社会活動が低下する――など、少子化によるマクロ的な影響を懸念するものが多い。確かにこれらは問題だが、これらは少子化自体の問題ではなく、少子化による人口減少や高齢化社会の進展によって起きる課題だ。少子化自体の問題点は「希望している子ども数を持てない人が増えている」ことにある。希望しているライフコースを歩めるようにするのは、広い意味での基本的人権であり、社会がサポートしていくべき課題である。このため、少子化は社会課題なのだ。
日本は「結婚できない人」が増加
では、図に戻り、日本、イタリア、そしてフィンランドはなぜこれほどまで出生率が減少しているのかを考えてみる。その大きな要因は生涯子供を持たない人口(無子人口)の増加だ。日本の場合、妻が45~49歳の夫婦で子どものいない割合は2021年で10%と2002年の4%に比べると増加しているものの、割合としては少ない。そのため日本の無子人口の増加は未婚人口の増加を意味する。2020年の非婚率(50歳時に未婚者の割合)をみると、男性28%、女性18%となっており、50歳の男性の4人に1人以上は未婚である。日本の18~34歳の未婚者のうち、男女ともに8割以上がいずれ結婚するつもりと考えていることから、日本の少子化の問題点は「結婚したいのにできない人が増加している」ことにあると推察される。次回から日本の少子化の課題について詳しく紹介する。
「日経グローカル誌」で2023年10月から2024年3月まで連載させていただいた記事からの転載です。編集に携わってくださった方に感謝申し上げます。
日経グローカル誌掲載の記事はこちら
(注1:所属先など当時のままです)
(注2:掲載文に引用元を追加しています)
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