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「こちらレシートになります」

終始、感じのいい店員さんだった。



先日「ジョブチューン」という番組で紹介されていたスイーツ、「口どけショコラクレープ」と「リッチミルクバー」が食べたくて、ローソンに入った。

しかし、お目当ての商品は見事に売り切れており、あえなく落胆。半ば妥協という形で「ふわ濃チーズケーキ」(すごく美味しかった!)、そして申し訳程度の健康意識としてプロテインドリンクを手に取り、レジへ向かう。

近くにいた店員さんは、20代前半くらいの、若い男の人だった。終始ニコニコしていて、非常に好感度が高い。見た目はなんとなくロングコートダディの堂前(メガネレス)ぽくて、長身だがやや猫背ぎみ。そこがまた、謙虚さをふんだんに醸し出しており、「いいひと」オーラがぷんぷん漂っている。いいひとなんだろうけれど、たぶん女子ウケはイマイチだな。どの口が言ってるんだ。

「あっ、こちらのレジどうぞ~」

無人のレジカウンターにやってきた僕に、堂前はテキパキかつゆったりとした口調で応じる。ほら見ろ、やっぱりいいひとだ。

「ポイントカードはありますか?」

「袋はおつけしますか?」

堂前はていねいに、それはそれはていねいに対応してくれた。マニュアルどおりの動作が完璧なのもさることながら、君のその物腰の柔らかさが店内をとても心地良いムードにしてくれるのだよ。いいぞ堂前。君がこの店を背負う日も遠くないだろう。

最近なかなか出会わないタイプの店員さんだったので、僕はすっかり堂前に癒された。癒しレベルで言うと、散歩中の犬がしっぽをふりふりしながら近づいてきたときと同等だ。いいぞ堂前。

会計を済ませ、お釣りの受渡しをするときも、堂前はていねいオブていねいだ。

「こちらお先にお釣りとレシートになります」

小銭をレシートの船に乗せ、僕の手にそっと着水させた。
そして堂前は、商品の入ったレジ袋を僕に渡してくれた。






「こちらレシートになります」と言いながら。



もう一度だけ言おう。

堂前は、商品の入ったレジ袋を僕に渡してくれた。
「こちらレシートになります」と言いながら。


気づいていない。堂前は気づいていないのだ。きっと自分では「こちら商品になります」と言ったつもりなのだろう。

笑っちゃダメだ。笑っちゃダメだぞ、僕。ここで吹き出してしまったら、堂前の一連の接客に傷がついてしまう。堂前のウブなハートに傷がついてしまう。挙句の果てには、輝きに満ちていたニッコニコの無邪気な笑顔が、僕が気づかせたくだらない羞恥心によって深い闇に閉ざされてしまうやもしれん。そんなことは絶対させない。させてはいけない。守りたい、この笑顔。

僕はあくまでも微笑みレベルの笑顔で「どうも~」とお礼を告げ、店を出た。
そして、堂前の「ありがとうございました~!」を背に受けながら車に乗り込み、肩を震わせながら帰路に就いた。



「知らぬが仏」ということわざがある。今回の件は、知らない方がきっと堂前にとって幸せだったはずだ。こんな小さな揚げ足取りをしたところで、僕にも堂前にもローソンにもメリットはないのだから。

手前味噌ではあるが、こういうさりげない配慮が意外と世の中を潤滑にしていると思うのだ。「ちっちゃいことは気にするな」と、ゆってぃも言っている。些細なことは放っておけばいい。かわいい失敗は軽く流してやればいい。堂前はワカチコすればいい。

ただまあ、堂前がもしも「『こちらレシートになります』って言っちゃった……! あの人、気づいてたのかな……?」と思い返していたとしたら、なんともバツが悪い。なんてったってエッセイで赤裸々に綴ってるんだからな。「さりげない配慮」だなんて、どの口が言ってるんだ。


(おしまい)




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アルロン
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