犬神家な水やり
僕の母は、なんというか、不可思議な生き物である。
「玄関の電気消して」と言おうとして「デンカンのゲンキ消して」と言ったり、「もうダメだ、眠い」と布団に入ってスマホで動画見始めたりと、34年間息子をやってきた僕でさえまだまだ未知の領域にある。
天然と言えば聞こえは良いが、あまりにも奇天烈な行動をしてくるので、こちらの思考回路はショート寸前である。今すぐ逃げ出したいよ。
先週、我が家の家庭菜園が開園した。植えた大根やトマトに「大きくなーれ、萌え萌えキュン」と唱えながら、水と愛情を注いでいる。まぁ、僕は植えるまでをがんばったので、水やりは専ら両親に任せているが。
播種が完了してから2日ほど経った頃だろうか。仕事から帰ってきた父が、母になにやら注意している。
まーたくだらんことで言い争っているのではあるまいな、と思いながら、父に事の顛末を聞いてみた。父は、窓から裏庭の畑の方を指さしている。僕はその指先にある光景に、衝撃を受けた。
犬神家じゃん。
父によると、母は凍らせたペットボトルの水を畑に突き刺して水やりとしたようだ。氷水は根を痛めるので適切ではない。
息子なりに母の心理を解析すると、水やり=水分補給=飲み物を飲む、という感覚だったのだと。そして、飲み物は冷たい方が美味しいだろうと。
確かに彼女は暑がりだし、発泡酒に氷を入れて飲む生き物だ。きっと畑もキンキンに冷えた水を所望していると思ったのだろう。
しかし、この日の北海道は、6月でもストーブを点けるような肌寒い気温である。猛暑日ならともかく、せいぜい10℃前後での犬神家氷水は、ただの暴挙である。旭川冬まつりにやってきたとにかく明るい安村にフローズン生ビールを与える並にイカれている。
逆さまで地面にぶっ刺さったペットボトルを見て、思わず笑ってしまった。父も、怒っているというより呆れていた。
金田一耕助にも解けない我が母の謎に、安心できる日は来るのだろうか。
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