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旅するニット【アイルランド編】

「旅するニット」では世界各国のニットの歴史や技術などをご紹介します。
いや、それならニットが旅してる訳ではないやん!
と思った方もいるでしょうが…我々がさまざまなニットを巡る旅と甘く解釈くださいませ。

第一回目は【アイルランド】!!!
なんといっても私はアラン模様のニットが大好きで、そもそも旅するニットを書いてみたいと思ったのも、アランセーターの歴史が知りたいと思ったのがきっかけです。

ちなみにアランセーターというのはこんな感じで、ケーブル模様などが入っているものです。
みなさんも一度は着たことがあるのではないでしょうか。
独特な紋様がとってもかわいい……!


この記事は書籍やネットの記事を参照していますが、不確定な史実も多く、私自身も専門家ではないため参考程度にお読みいただけますと幸いです。
(参考文献・サイトは記事末尾に記載します)
また、現地の写真はunsplashからDLし、撮影場所がアラン諸島で登録されているものを使用しておりますが、確定的ではございませんのでご了承ください。

アランセーターの存在

アイルランドのニットと言えば先ほど言及したとおり「アランセーター」が有名です。
このセーターの特徴的な編み方である「アラン模様」が生まれたのは、アイルランドのアラン諸島(イニシュモア島、イニシュマン島、イニシィア島)が発祥の地。

アランセーターが誕生した背景として大きく分けて2つの要因があるとされています。

1つ目は島の環境です。
アラン諸島は大西洋に囲まれ、日常的に強風が吹き荒れ、岩盤から出来た土地と低い気温は農業に適していませんでした。
そのため島の人々の生業は漁業がメインでした。
しかし、海でも強風に影響されることは変わりません。
そこで漁師たちを冷たい風から身を守るために、1000年も前から島の女性たちがセーターを編み始めたと言われています。
別名フィッシャーマンニットと呼ばれるのもこれが由来ですね。

羊の毛を使用したセーターは、含まれる油脂分が海水から彼らを守り、太い毛糸で編まれたことで分厚く風を通さないため、保温機能にも優れていました。

イニシュモアの沿岸
島は石灰質の岩盤のみでてきている


2つ目はガンジーセーターの存在です。
ガンジーセーターとはイギリスとフランスの間に浮かぶガンジー島で漁師向けに生まれたセーターで、肩や胸に縄編みの紋様が入った濃紺色の肉厚なニットです。
こちらも諸説ありますが、アラン諸島に建設された漁業基地に出入りしていたスコットランド人家族が持ち込んだガンジーセーターをベースに、アラン諸島に住むアメリカ帰りの女性の技術によって独特な編み方のアランセーターが誕生したと言われています。

アランセーターのはじまり

初めてアランセーターを編んだ人と言っても過言ではない女性が、マーガレット・ディレイン(Margaret Dirrane 1877-1965)です。
先ほどアラン諸島に住むアメリカ帰りの女性と言及したその人です。

彼女はイニシュモアで生まれ、19歳のときにアメリカのボストンに渡ります。
当時アイルランド西部ではアメリカの白人家庭のメイドなどに女中奉公に出る若い女性が多く、彼女もまたその一人でした。
編み物が好きだった彼女は仕事の合間に編み物の店を周り、中央ヨーロッパや北欧の移民からも伝統的な柄を意欲的に習得。彼女の編み物の技術は随一となります。

そして26歳の時に7年の奉公を終え、1903年に島へ帰国します。
そして当時島で広まっていたガンジーセーターに、天才ニッターの彼女が柄を施し、今でいうアランセーターが島中の女性に編まれるようになったと言われています。

アラン模様の意味

アランセーターに使われている紋様には、ひとつひとつ意味があるのをご存知でしょうか?
編み柄に使われている紋様は、アラン諸島の自然を題材にしているものが多く、さまざまな願いが込められています。
その代表的な例をご紹介します。
※模様イラストは一部例です

【ケーブル(縄編み)】
漁師が使うロープや命綱を表し、大漁と安全を祈る。
また、交差する縄の模様が結婚や子孫繁栄を意味するとも。

【ダイヤモンド】
漁に使う網の目を表した編み模様。成功、富、宝物などを示す。

【ハニカム(蜂の巣)】
蜂が象徴する子孫繁栄や仕事への報酬、または漁網を広げた姿を表し富・報酬を意味するとも。
漁に出る前にミツバチの群れを見ると縁起がいいという話も。

【トレリス】
アイルランド西方で見られる石垣の風景。命を守る砦を意味する。

イニシィアのトレリス。強風が吹くため、土が風で飛ばないように畑などを石垣で囲んでいたそう。


【ツリーオブライフ(生命の木)】
広がる生命や人生の時間を意味する。
長寿や家族の繁栄を願う。

他にもアイルランドの自然を模したさまざまな模様があります。
現在一般に流通しているアラン模様のニットは願いよりもデザインとしてアラン模様が編まれていますが、お手持ちのニットの柄の意味も調べてみると面白いかもしれません🧤

世界に広がるアランセーター

漁師のために作られたのがアランセーターの起源ですが、別の用途で着られていたことも分かっています。
それが「堅信礼(コンファメーション)」というカトリックでの儀式にて男の子の「晴れ着」として白いアランセーターが使われていたようです。

堅信礼とは通過儀礼の一つで、幼児洗礼を受けた者が、成長して自己の信仰告白をすることで教会の正会員となる儀式です。

アラン諸島には「男の子は悪魔にさらわれる」という言い伝えがあり、以前は男児も女児もワンピースのような赤い服を着せられていたといいます。
男児は12歳になって堅信礼を迎え、母親が拵えた白いセーターを身に纏い、初めて男らしい格好ができる大事な節目の服だったようです。

その子供用の白いセーターを大人のサイズでも編むようになり、それが製品として販売され、アランセーターはアイルランド 製の輸出品として世界中に広まったとも言われています。

また、1950年代になってクリスチャン・ディオールなどパリのデザイナーやハリウッドスター達がこのニットに着目しさらに世界で認知される存在となりました。

当たり前のようにあるニットの柄として認識していたアランセーターの背景に、こんなにも風土や宗教などが絡み合って今私たちの日常に存在していることに驚かされますね。

アイルランドのさまざまなニット

アランセーター以外にもアイルランドならではのニット製品は様々あります。
今回は代表的な二つをご紹介します。

●アイリッシュ・クロッシェレース

小さなバラやデイジー、国花のシャムロック、葡萄、三つ葉などの立体的なモチーフを先に編み、周りをかぎ針やニードルワークで編みつなげて作る繊細で可愛らしいレースです。

襟や縁飾りなどの服飾品として19世紀中頃、盛んに作られました。
1840年代のじゃがいも飢饉の際に、アイルランドの飢餓を救う収入源としてクロシェレースが多く製作され、それを輸出したことから世界的にも知られるようになったそうです。

不器用な私にはなかなか手が出せないジャンルですが、植物のモチーフが儚げで、いつかつけ襟など編んでみたいです…!


●クリス・ハット

アラン諸島。イニシュモアで作られたニット帽です。
島の男性が腰に巻いていたクリスというベルトを側面に使い、棒針で編んだトップを付け足し、かぎ針編みのフリンジを飾りにつけています。
先ほどアランセーターの始祖としてご紹介したマーガレット・ディレインが原型を作り上げました。
特徴的な円柱型の形とカラフルなボーダーラインが可愛い帽子です。
ここでもまたマーガレット・ディレインの天才的な技術と発想力を感じますね。

さいごに

旅するニットとして、アイルランドのニットをご紹介しましたがいかがでしたでしょうか?
特にアランセーターについて多く言及して参りましたが、誕生の経緯や模様の意味まで知ると、ついアラン諸島の景色や人々に思いを馳せてしまいます。
今あるものには全て意味があること、それを改めて体感したように思います。
皆さんのニットライフにも少しでも役に立ちましたら幸いです。

たくさんの資料を見てまとめることはとっても大変で、また投稿できる日は遠くなってしまいそうですが…
またいろんな国のニットをご紹介したいと思っていますので、楽しみにしていてください🐱

長文をお読みくださり本当にありがとうございました。
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ぜひお願いします〜!


参考文献・サイト

・世界のかわいい編み物:世界各地で伝承され、作られたニットの歴史、特徴、編み方(中田早苗 著)

・世界の伝統ニット2 アイルランド  アランセーター(日本ヴォーグ社)

・Pen online「元は漁師のワークウェア。「アランセーター」の歴史を振り返る。

・Creema「アランセーターの歴史と意味に迫る。ニットに込められた作り手の願い」

・ZUTTO「編み模様に込められた伝統。アランニットの物語。」



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