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技術を使うすべての人の持続可能な社会への責任1:技術倫理と持続可能な社会 第4回

シリーズ: 技術倫理と持続可能な社会
概要: 技術は社会のあらゆる側面に影響を与える。だが、技術の進歩は常に人々に恩恵のみをもたらすとは限らない。倫理的な視点を欠いた技術の利用は、環境破壊、格差の拡大、人権侵害など、深刻な問題を引き起こしうる。本シリーズでは、技術倫理の重要性を改めて確認し、持続可能な社会を築くための道筋を探る。願わくは、技術を活用するすべての人々にとって、倫理的な思考を深め、より良い未来を創造するためのヒントの一つとなるように。


(第3回からの続き)

6. テック・オブリージュ:技術を使うすべての人の持続可能な社会への責任

前回までで、技術倫理の重要性と、現代社会において倫理が求められる背景について述べてきた。今回は、第1回第4章で触れた「オブリージュ」について掘り下げていく。特に、技術を研究開発する人と利用する人の境界線が曖昧になっている現代において、日常的に倫理を意識することの難しさも踏まえ、「テック・オブリージュ」と「エンジニア・オブリージュ」の概念を通して、技術の使い方について考察する。

6.1 テック・オブリージュとエンジニア・オブリージュ

「ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)」という言葉がある。高貴な身分に伴う義務、つまり特権階級はそれ相応の責任を負うべきという概念である。これに対し、第4章では「テック・オブリージュ(Tech oblige)」および「エンジニア・オブリージュ(Engineer oblige)」という概念を提唱した。当初、これらのオブリージュについて、「高度な技術力を行使する者は、その能力に見合った倫理的な責任を負うべき」という考え方として提示した。第4章では特に、技術者や研究者など、専門的な知識と技術を持つ人々に対する倫理的な責任を強調するものであった。

しかし、現代社会では、テクノロジーは限られた人々だけが活用するものではない。専門家だけでなく、広く一般の人々も、高度な技術を利用できるようになっている。スマートフォン、インターネット、ML/AIなど、かつては専門家しか扱えなかった技術を、今や誰もが日常的に利用している。このような状況を踏まえ、「テック・オブリージュ」は以下のように拡張されるべきであると考える。

拡張されたテック・オブリージュ:
テクノロジーを利用するすべての人が、その利用によって生じうる影響を認識し、持続可能な社会に必要な倫理的責任を負うべきである。

この拡張された定義では、「テック」という言葉を、単なる技術や技術者・技能者(Technology, Technologist, Technician)の略語を超え、ICT技術・先端技術や技術革新、技術コミュニティを含む包括的な概念として用いる。

(例)
ICT技術全般:
特に情報通信技術(ICT)、インターネット、ソフトウェア、ハードウェアなど、デジタル領域の技術
先端技術: ML/AI、IoT、VR/AR、ブロックチェーンなど、最先端の技術分野
技術革新: 新しい技術やサービス、ビジネスモデルなど、技術による革新や変化
技術コミュニティ: 技術に関わる人々、企業、組織などのコミュニティ

この定義に基づけば、「テックを利用する人」は、エンジニアだけでなく、デザイナー、ビジネスパーソン、一般消費者、アーティスト、学生など、非常に多様な人々を含む。つまり、スマートフォンでSNSを利用する人、AIツールで画像生成を行う人、オンラインショッピングを利用する人など、あらゆる人が「テックを利用する人」であり、「テック・オブリージュ」の対象となる。

私たちはみな、実は、デジタル社会の一員として、技術を適切に活用し、持続可能な社会に貢献する責任を、暗黙的に負っている。

この責任は、特別な義務を新たに課すものではなく、技術の利用において生じうる影響を認識し、適切な配慮を行うという、ごく基本的な技術利用を求めるものである。一言で表現するなら、「用法・用量を守って正しく使いましょう」ということ。そのとき、「自分自身や他者への深い敬意と幸福を願う気持ち」も、心に留めるのをオススメしたい。

この「用法・用量を守って正しく使う」という考え方は、まさに情報モラルや情報リテラシーの根幹をなすものであり、テック・オブリージュは、情報モラルや情報リテラシーをより広い視点から捉えた概念とも言える。

6.2 エンジニア・オブリージュ:専門家としての責任

一方で、第4章では、「エンジニア・オブリージュ(Engineer oblige)」という概念も提示した。これは、特定のエンジニアリング分野における倫理的な責任を議論する場合の概念に相当する。土木エンジニアであれば構造物の安全性に対する責任、情報エンジニアであれば情報セキュリティやプライバシー保護に対する責任など、それぞれの専門分野における、専門技術者が考慮すべき具体的な倫理課題に対する責任である。

技術士倫理綱領は、まさにエンジニアがその専門分野において、高度な技術知識と経験に基づいて負うべき倫理的責任を具体的に示しており、エンジニア・オブリージュに強く関連している。例えば、技術士倫理綱領の本文の最初に記載されている「技術士は、公衆の安全、健康及び福利を最優先する」という条文は、エンジニア・オブリージュの中核となる考え方を表している。

6.3 テック・オブリージュとエンジニア・オブリージュの関係

エンジニア・オブリージュは、テック・オブリージュよりも、専門的で具体的な内容を包含している。すべてのエンジニアは、デジタル社会の一員であり、テクノロジー利用者としてテック・オブリージュを負っている。その上で、各エンジニアは自身の専門分野におけるエンジニア・オブリージュを負っているのである。

専門技術者にしかできないこと、それは、”技術を利用する人々が「用法・用量を守って正しく使う」ことで、自然とテック・オブリージュを実現できるような形”で技術を提供することである。つまり、エンジニアは、技術を利用する人々が倫理的な責任を果たす上で必要な環境を提供することで、彼らの負担を軽減する役割を担う。これが、エンジニア・オブリージュと言える。

(第5回へ続く)

参考

技術士制度とは
「科学技術に関する技術的専門知識と高等の応用能力及び豊富な実務経験を有し、公益を確保するため、高い技術者倫理を備えた優れた技術者」の育成を図るための、国による資格認定制度(文部科学省所管)である

日本技術士会Webサイト(https://www.engineer.or.jp/contents/about_engineers.html)より

技術士倫理綱領は、技術士が業務を遂行する上での行動規範を定めたもので、公益の優先持続可能性の確保技術士としての品位保持と資質向上の3点を最重要事項としている。

公益社団法人 日本技術士会「技術士倫理綱領」(https://www.engineer.or.jp/c_topics/009/009289.html) より


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