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学校へ行けなくなった日々。

今の時間、13:02 。私の今タイピングしてる Macbook では無く、 Windows を使った「情報処理」という教科が始まるまで、あと8分。

じゃあ、なぜ今、私は自分の部屋で Macbook を使ってこの note を書いているのか。言うまでも無い、学校へ行けなかったからだ。

前にこんな note を書いていた。学校へ行けない、と悩んでいた。3月の事。

この note には4年卒にしようかどうか、と悩んでいる最中の思いが書かれているが、この時は結局、親の理解を得られず、3卒の道へと強行してしまい、今こんな事になっている。

3月から分かっていた。このままじゃやばいんだ、って事が。だんだん身体が動かなくなって、でも、行かなくても良いよ、って自分が認めると元気になって、そしてしばらくはまた学校に行くのが負担にならない日々が続いて。

だんだん間隔が縮まっていく。最初は1ヶ月持っていたのが、半月、1週間、気が付いたら今は数日、下手したら1日しか持たない、なんて事もある。これ以上縮まると、私は不登校としてまた名を並べないといけない。きっかけさえあれば、いつでも不登校になれてしまう。それが今の私だ。

それでも私は学校に行きたい。そう思っている。顕在意識は行きたい、潜在意識は行きたくない、その大衝突を毎日繰り返している感じだ。もっと簡単に言うと、心は行きたいのに、身体は行きたくない、と言っている。そして、毎朝自分の中で大喧嘩になる。

潜在意識はありとあらゆる手段で私を学校へ行かせてくれない。例えば、頭を痛くしてみたり。びっくりするくらい頭が痛くなる。過呼吸と言えば良いのか、学校に行こうとすると、びっくりするくらい喉が締め付けられて、たぶん心拍とか脈拍が下がって、頭に酸素が回らず、ふわふわしてがんがん、頭が痛い。書いてたら思い出して、また涙が出て来た。

あと行こうとすると今みたいに涙が出てくる。喉が締め付けられて、声も全く出なくて、今もタイピングのミスが酷いんだけれど、手が震える。爪が真っ青だからたぶん酸素が回ってないのかな? 手の動きが鈍くなってきたので、一旦落ち着けてきます。

落ち着いたので再開。という感じで動けなくなる。身体が動かない、というよりは、脳が動かす指令をくれない。心が動けって言っても、脳がサインを出してくれないから、いつまで経っても身体は、私は知りませんーー、私は心が話す言語はわかりましぇーーん、と全く言う事を聞いてくれない、そんな感じ。

という感じで全く動けなくなったら、もうどうしようも無く、一旦落ち着くまで待つ。元々あと3分で出ないと学校は遅刻、という状況でそんな争いを繰り広げているので、落ち着くという判断を出すと、もうそこでその日の1限目は死亡する。落ち着いて、よし、2限目には間に合うように調整しよう、と頑張っても、また行く直前で脳が駄々こねて再発して、またダメ、なんて事もある。

それが私の、学校へ行きたいのに行けない、の全容だ。今もリアルで現在進行形に苦しんでるから上手く書けてる、と行かせようとして疲弊しきっている心へ、取り敢えず褒めておく。

この症状、最近は " 発作 " ってあだ名付けて呼んでいて、その通りにある日いきなり朝、行けない、って起こるから事前に対処のしようが無くてすごく困っている。事前に対処しても、しなくても、起きる時は起きる。それをいかに早く収めて、身体を行かせる気にさせるか、要は応急処置がいかにうまく出来るか、そんな感じである。

ちなみに私の場合はこの応急処置に周りの声援とか、学校行けとかはむしろ逆効果だ。行こうと思った時とかに送っていって貰える、とか、基本他人にはタクシーぐらいしか応急処置では役に立たないのであてにしていない。自分との戦いだから、放っておいて欲しい。色々言ってくれるのは本当に有難いが、それが本心だ。

でも、身体が行きたくない、というのもよく分かる。どちらかと言うと、今の私はもうきっかけさえあれば不登校になれる、崖っぷちの状態なんだから一旦休んで、治してからまた頑張れば良いのに、と心の片隅では思っているものの、そんな風には出来ず、行くんだ!! と心に言わせている原因がある。

安来に住みたい。

結局はそれが原因。今休めば、3年卒は厳しくなる。つまり安来に行くのが1年遅れる。1年も。そんなの耐えられない!! 絶対に安来に住む! 来年の今日は安来に居るんだ!! というところから心の絶対に学校へ行くんだ!!、は来ている。

あとこれを書いていてもう一つ思い出した。今は親が仕事で家に居ないからすっかり忘れていたけど、私は家がすごく苦手だ。

すごくストレスが溜まって、自分のストレスの40%は家なんじゃないか、と思うくらい家に居るのが苦痛で、休みの日は全部安来で埋めているのも単純に家に居るよりは疲れてても安来に行く方がマシだから。最近、朝、家に人が居ると、殺意さえも湧いてきてしまう、ご飯以外は全く部屋から出られまくなってしまう、そんな状況だ。

普通に生活しててそんな事になるのはまず有り得ないけど、私の人生は普通では無いから、有り得てしまった、そういう事である。朝、部屋から出られなくなるのは中学の不登校だった時のトラウマで、部屋から出ると学校は?? と聞かれる、と身体に植え付けられているから。

学校は?? と聞かれると顕在意識と心側に応援が加わり、さらに強い措置で行かせようと制裁を加えてくるから、それに対抗して潜在意識と身体が負けるもんか、とさらに強い制裁を与え返す。その制裁こそがさらに頭の痛みが酷くさせ、息が吸えない、しんどい、苦しいと状況をさらに悪化させてしまう。その苦痛は耐え難いものなので、だから私は絶対に親に学校は?? と聞かれたくない。意地でも逃げる。結果、部屋から出ない、という構図が出来る。

ストレスが酷いと、たとえただのおはよう、だったとしても脳が学校は? バイトは? 勉強は? ダメな子、出来ない子、…とそういうネガティブな言葉に勝手に変換されてしまうので、最近は必然的に交流を避けるようになった。家族の誕生日におめでとうと言わないのも、お祝いされたく無いのも、全て言葉の裏を足掻いて、これはプレッシャーなんだ、と勘違いして苦しくなるから。何も言わずに安来に行く。

だから、大好きな安来で何も言われないで、ゆっくり生活したい。

そう思うから、今ここで休憩しても、何も現状は変わらなくて、とにかくここから出ないと根本的な解決には何も至らない、と分かってるから、心は行こう! と叫ぶ。

でも、身体はもうとっくの前に1年以上前に限界を迎え、最初は無理して頑張れていたけど、だんだん弱って、身体の意思の方が優勢になってきている。そして、不登校、という道が目の前まで来ている。そんな感じだ。

最近は本当に疲れていて、安来に行く以外は家でも何も出来なくなった。布団から出る事が出来なくなった。前は勉強していたこの机も、今では物が散乱して、机に立てかけてある、小学生の英語ドリル、最後の日付は 05.18 。

安来遠征でも、最近は音楽を聴くのがつらくなった。電車の車内では絶対に外さなかったイヤホン。10時間以上かける移動のお供。最近は頭が痛くなって外す事がある。

バイトも、もうこの業種は無理なんじゃないか、って思う。ストレスもあるけど、仕事中に緊張から脈が早くなって、上手く息が吸えず、歩いただけで息が切れる、なんて現象が起きたりする。

緊張から上手く息が出来ないのは、人が多い電車の車内でもよくなる。21.03.08 の関西遠征、相生から姫路までの普通電車、姫路からの近江塩津までの新快速、大阪から播州赤穂までの新快速は特に酷くて、口呼吸になってしまって、大量に唾を飲み込んで、胃に大量に空気が入って、それで帰りの播州赤穂から岡山の間でおなら止まらなくなる事件が発生したりした。

きっと私は何か持っている。ずっと前からそうなんだろうと思っていた。対人恐怖症なのか、鬱なのか、慢性疲労なのか、それは分からないけど、とにかく真剣に対処しないといけない何かを持っている、そんな実感が最近日に日に強くなってきている。

でも、私はやっぱり安来に行きたい、だから無視し続けて今日になる。

私はあと何日普通の生活が送られるかな、誰にもバレないで生活出来るかな。そう遠くは無い、不登校としての生活が今は恐怖でしかない。

今日もまだ、最後の2限だけなら間に合う。だから行こうと思う。行ったら出席になって、就職の影響が出ないから。

そして、親にバレないから。

自分との戦いに勝てたから。

21.06.14

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