零細起業の経営実務(43)10周年で初心に帰る
起業を考える研究者さんへ、リーゾの経験をお伝えしているシリーズ。今回は、自分自身の起業時を振り返ってみます。
ご存知の方も多いと思いますが、リーゾは私自身の、民間企業研究職からの、経営破たんによる不本意な失業をきっかけに、ほとんど消去法的な選択で生まれた会社です。
次の道をどうするか、異業種への転職、ポスドク、パート、専業主婦も含めいろいろな選択肢を考えた結果が、「収入は少なくていいから好きなことをする」でした。
食えなくても、孤独でも、ずっとやっていたいくらい好きなことって何だろう?と自分自身と向き合った結果、自分でも意外なことに、「私は実験が好きなんだ!」ということに気づきました。
やりたいと強く思ったのは、「黒いコシヒカリを作る」ための稲の交配とDNAマーカーによる個体選抜。そのために何が必要かのイメージもおぼろげにできました。
失業したのが2008年の11月。当時2歳の娘の保育の継続のためにはあまり時間がなく、ハローワークに通いながらもレンタルオフィスを借りて会社設立の準備をし、翌年1月15日に登記完了。ただちに自分に「勤務証明書」を発行し、保育所に提出しました(ぎりぎりセーフ)。
とにかく会社は作ったものの、レンタルオフィスでは実験はできません。ネットで探した家賃4万円の元飲食店物件、廃屋チックなボロいテナントビルの2階の小さな部屋を、1ヶ月かけて自力で改装し、もらいもののデスクや中古の実験機器を設置して、4月にようやくラボらしきものができました。
台所に毛の生えた程度の貧乏ラボ。ここでDNAの実験がほんとうにできるのかなと思いながら、半年ぶりにピペットマンを握ったときのこと。
・・・不意に、強烈な幸福感を感じて、涙が出ました。
ピペットマンごときでへんだよなあと苦笑いしつつ、好きなことはこれでまちがいないから、この先もう迷うことはないな、と確信したのを覚えています。
リーゾのその後は決して順調ではなく、当然ながら売上は思うように上がらないし、お金がないから宣伝もできないし、ウェブサイト作りから経理から税務から何もかも自力だし、お米の販売も素人だし、苦労と試行錯誤の連続でした(今もです)。
恥ずかしながら告白しますと、出世した大学同期を見るとひねくれそうになったし、創業パートナーが病に倒れたときは心細くて放り出したくなりました。弱くて情けない人間です。
続けてこれたのは、やっぱり、好きなことだから。好きなことをして、誰かの役に立って、感謝までしてもらえる。それを仕事にして、前職の収入にはまだまだ届かないまでも、いくばくかのお金をいただけているのは、控えめに言ってもものすごくラッキーで幸せなことだと思っています。
リーゾを始めて10年。あいかわらず、廃屋チックなビルの一室にいるし、上場も大儲けも縁遠いながら、健全に楽しく経営させていただけていることに、つながりのある全ての「ひと」と「もの」(あのときのピペットマンも含めてね)に、深〜く感謝しています。
蛇足ですが、私の中の「強烈な幸福感の記憶」はいくつかありまして、それぞれ、「子育て」や「仕事」や「家事」がしんどくなったときに思い出してシャキッとする特効薬として活用しています。
歩いてきた道がどんなに長くなっても、「初心」は次の一歩を踏み出す方向をきちんと指し示し、背中を押してくれるように思います。
というわけで、次の10年もがんばって参ります!
(2019年2月6日配信の「すいすい通信」より)