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追憶

歳をとるにつれてできることが減っていく。
できると思っていたことが、実はできないということがわかる。
自分が発明したと思ったものが、実は既出のものだったことに気付く。
そんな日々の繰り返しに、酔いしれてすらいる僕がいる。

電車の窓のへりに転がっている鉛筆。
僕はそれを手に取り、窓に何やら文字を書く。
名前を書き終えたところで、物語は始まる。

事故かな。
複数の救急隊員がホームに群がっている。傍にはAEDと担架。あとはドラマでしか見たことない道具が転がっているばかりだ。
珍しい光景を目の当たりにして、誰か死んでたらいいのになんて考えてしまった。血の匂いはしない。カメラを向ける野次馬もいない。
隊員たちの隙間から手が見えた。その手は生者にしては妙に生気を感じず、茶色かった。人の生き死にを前面に押し出した映画を見た帰りだったので、こういうこともあるもんかと何故か納得してしまった。感傷に浸るような映画を見た後って、何となく帰り道の表情がいつもより険しくなる気がする。
どんな顔をしていたかまでは覚えていなかった。

先に電車に乗る恋人に手を振る彼氏。待ち合わせの為に息を切らしながら走る婦人達。肩を組みながら夜の街に消えていく酔っ払いども。人ひとりの命が危機に晒されているというのに、相も変わらず人の営みは続いていく。

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