運ばれていく

踏切近くにある花屋は
いつもごちゃごちゃと鉢植えが置かれていて
ショーケースの花はぱっとせず
お客の姿も見たことがありません
昨日、そう3月3日の夕方のこと
踏切で電車を待っていたら
シャカシャカとした作業服を着た男性が
花束を持ってその店から出てきたのです
遠目にもわかる桃と菜の花
はっとするような愛らしさでありました
彼は近くに停めてあった原付に
それを大事に乗せると
きっちりとヘルメットを被って
商店街をぶうんと通り抜けて行きました


誰かのために
花が運ばれていく
日が落ちると
まだ風が冷たい
ももいろ
きいろ
花を包んだ
セロファンの音
信号待ちから
発進したとき
小さな段差を
乗り越えたとき
擦れあって
香る
なだらかなカーブ
坂道
ただいま
おかえり
ほどかれたリボン
水に浸されて
ほんとうの春が
始まるまでの
ほのかな
あかりと
なって


運ばれていくあいだに
いくつかのはなびらは散ってしまったことでしょう
しかしそれは とるにたりないことでありまして
わたしは今日も薄暗い踏切近くの花屋から 
誰かが花束を持って出てきてはくれないかと
ひそかに待っていたりもするのです


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