抜け殻

古い家のくちなしの垣根に絡まる抜け殻は
長く細く編まれた銀線細工のようだった

「あら大金持ちになっちゃうわ」と
君の母親はそれをそっとお菓子の箱に寝かせた
押し入れの奥に仕舞われたその箱を
こっそりと取り出して
幼い君は抜け殻の持ち主のことを思った

 ぬらりとした蛇
 ゆっくりと皮が剥がれていく様を
 葉陰の青虫が見ている
 瞬きはない
 葉脈を伝って落ちる水滴
 濁ったひとみが澄み切るころ
 蛇は艶々した葉の間を潜り抜け
 そして消える

やがて君の背はくちなしの垣根を越して
しばらくするとその古い家を出て行く
迷信は迷信のまま
抜け殻は押し入れの隅で眠り続けた
やがて君が一人ではなく
二人で家に帰ってきたとき
君の父親はこう言った
「これからはそのひとのために生きなさい」 

  
  私はうまくやれたはずだった
  蒸気する季節のさなか
  ゆっくりとそれを脱ぎ捨てた
  そして私は私のためだけに
  あの垣根を抜け出した
  しかしいつしか
  おのれの皮がまた煩わしくなり
  私はうまくやれなくなった
  その言い訳として
  「そのひと」のために生きることを選んだ
  私以外のために生きようと思い違えた
  なんて空しく甘やかな抜け殻
  潰れた箱の中で息づく
  かたちがありながら透き間だらけの
  抜け殻のように

 
君は蛇のことをもう思い出さない
くちなしが蕾を巻き始めるころ
蛇のひとみも白く濁り
君はひとつ歳をとる
荒く編まれた銀線細工
抜け殻がまた 
産まれる


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