フェイクドラッグ

 私たちの世界の歴史において、
 不思議なことがある。
 それは全人類がある時の一点において、
蒸発してなくなったという話
不思議なことだ。
 というよりあからさまな嘘である。
 大学のお偉い教授だかもそんなことはないと言っている。
 てか、素人の私ですら、過去に全人類が死んだんだとしたら今の私たちはなんなんだという話である。
 この嘘でしかないことであるのに
 歴史から消えることはない。
 義務教育で必ず教えられることになっている。


「おい、あんた
 (誰かが声をかけられたらしい)
 あんたに言ってるんだよ。にいちゃん」
 そう言われて肩を掴まれた。
 しかたなしに声をかけられた奴のほうを見ると、案の定な格好をしていた。
 整えられてなくただ髪を切らなかっただけでここまで伸びましたと言わんばかりの長髪、髭もだらしなくはやし、服は泥水で一回洗いましたかのような汚さを身に纏っていた。
 その男は俺が振り返ったのが嬉しいのか、とってつけたような下手くそな笑顔を貼り付けて
「にいちゃん、このクスリ知ってるかい」
 そう言いながら男は手のひらにある水色がかか った錠剤を見せてきた。
 また薬の取引かと思った。
 俺は話を聞く価値がないとばかりにその場を離れようとしたがその男に引き止められた。それを振り払いその場を離れていく俺に、
 男は
「にいちゃん、それはフェイクドラッグっていうクスリや、そいつは全てのことを嘘に出来る」
自分が死んだことすらも
 そう男は言っていた。

 でも関係ないことだ。
 俺はクスリを持っていないのだから


 俺の名前は、内田宗治。
 俺が住んでいる地域ではある日を境にクスリの乱用が横行した。
 最初は水面下で行われていたことだが、有名人がクスリをやっていることがふという出たとき他の有名人が同調したことで表でも普通にクスリが扱われるようになった。そのせいでもとから悪かった治安がさらに悪化した。
 法律はいつしかクスリを認めるようになった。
 治安が悪化の一歩を辿るようになり、法が意味をなさなくなっていく。
 そのせいで、俺の母親と妹は死んだ。
 抗争による事故だった。


 ガッ、
 身体の横に衝撃を襲った。
 不注意による事故だった。
 道路に身体が投げ出される。
 前面が壊された車が燃え盛るのを見えた。
 自分の死を感じる。

 手のひらに変な感触があった。
 ぼやけた視界で手のひらを見る。
 水色かかった錠剤があった。
 男の声が思い出される。
 自分が死んだことすら


 過去に戻りたいと思ったことがある。
 しかし時の流れは残酷なほどに正しく
 僕らに平等に降り注いだのだった。


 目が覚めたら家にいた。
 全てが嘘だったかのように
 でも俺は車に轢かれた記憶が生々しくも残っている。クスリの効果か?馬鹿げた話である。そもそも何故俺はクスリを持っていたんだ?
 疑問を取り除くためにあの男がいた場所に行ってみた。
 男はそこにいなかった。
 自分が過去を辿るように自分が事故った道路まで行った。特に変わったところはなかった。いつも通りのありふれた道路。
 俺はやるせない気持ちを心に持ちながらもこれ以上得るものはないと思いこの場を離れようとした。
 小型のトラックが通る。
 さっきの記憶もあったので気持ち大きめに距離を取る。
 横をトラックが通り過ぎる時やけに大きい風を切る音がした。
 ずいぶんとスピードを出しているなと何とけなしに通り過ぎるそのトラックに視線を送ると、
 そのトラックと軽自動車が真正面から激突する瞬間だった。俺はとっさに目を閉じた。
 今までの人生で聞いたことのないような音がなった。かなりの衝撃。どちらの車両もブレーキなど踏んでいない。そこで事故るのが予定調和であったかのような用意された惨劇、
 目を開けたら、
 そんなものは存在しなかった。
 事故も、そもそもの車両も、


 フェイクドラッグ
 あの男に与えられた、と思われる。
 そのクスリの効果を俺は認めざる終えなくなっていた。
 毎日のように起こる交通事故、そしてそれらが全てなかったかのようになる現象を俺は見てきた。フェイクドラッグの効果は世の人間はみんな知るようになる。
 死すら嘘になるクスリ
 いつのまにかフェイクドラッグの薬局がいたるところに出来ていた。
 人の日々にそのクスリは嘘みたいな速度で浸透していった。
 全人類がフェイクドラッグを使用している。
 クスリを嫌っていた俺ですら使用している。というのも、フェイクドラッグを使っていることを前提に人々は動き出した。だから命は軽い。死ぬことも死されることも前提にされている世界でクスリを使わずに生きるのは不可能と言っていいだろう。その証として、俺はこの数日で36回死んでいる。


 フェイクドラッグが何なのか、それを分かっているものはいない。俺が会った男が知っていたのかもしれないがその男がどこにいるかなんて知らない。原材料が何なのか、どうやって作るのか、気になりそうなものであるが、誰も知らない。
 これは明らかな異常であった。
 そしてこれは人の命があの小さな錠剤に依存しているということでもある。
 そして来るべき時は来た。
 フェイクドラッグの数が減っている。
 これはフェイクドラッグの誰も知らない供給源が止まったことを意味する。
 暴動が起きた。
 意味のない行動である。
 どうすることも出来ないのだから、
 諦観の気持ちを持ちながら暴動が起きる街を歩く俺のことをパイプで殴ろうとしてきた男がいた。俺を殴ろうとした瞬間その男は息絶えた。
 ククッ
 誰かの押し殺すような笑い声が聞こえた。
 周りを見渡す。
 そこには俺にフェイクドラッグを教えた男がいた。俺が気づいたことに相手は気づいたのか男は逃げ出した。
 追いかける。
 俺の中にある一筋の希望としてあの男が何かを知っているんじゃないと思い。
 追いかける。
 男は廃ビルを上がっていって屋上に行く。
 男はビルの端に立っていた。
 俺は男と対面する。
 男は俺に顔を見せた瞬間、屋上から飛び降りた。
 急いで男が落ちた場所を見る。
 そこには大きな血溜まりができ


 俺は地面に横たわっていた。
 過去に体験したような痛みともに俺の意識は


 嘘は暴かれた。
 だから死んだ。

 この日この世界から人がいなくなった。


 人は過去には戻れない、でも過去を振り返ることがある。
 男は死んでいる人だった。
 世の中に絶望して、
 フェイクドラッグ、それは全てを嘘に出来る。
 しかし真実は必ずやって来る。

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