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繭わた

天河神社のおみくじで

思い当たるフシありまくり

商いは「まゆわた」良いって書いてあった。

小さい頃にカイコの観察をした記憶がある。
観察はしたけれど、蚕のこと知ってるようで知らないことに気がついた。
(今の時代に繭わたを薦めてくるとは…。)
と。こちらも気になって「繭」を調べた。

カイコさなぎになる過程でまゆを作る。

蚕は人間がきぬを採取するために品種改良を重ねた結果、飛ぶことができなくなって、エサである桑の葉も自分でとりには行けないから家畜昆虫となったそう。

蚕は4回の脱皮のすえ、桑の葉を食べるだけ食べたあと。それまで食べた桑を体内で変化させ糸を吐き出す。
外側は繭じたいを支えるための丈夫なハンモックがわりの固い糸で
内側は蚕の身を優しく包むための神の叡智が働いた柔らかい糸☟だから人間に狙われた…。
己の変態を守るために小刻みに左右に頭を八の字にふって糸を吐き出して繭を作る。

作った、繭の中でさなぎになり、飛べない羽根をおびたカイコ蛾になる。

産卵させる場合は羽化させて、交尾をし、産卵(400~500個)後に死を迎える。

糸を取り出す場合にはさなぎの段階(成虫になると繭を溶かして穴をあけて出てくるから糸が切れて使えなくなるらしい)で人間の手によって死を迎える。

そうか、蚕の命を犠牲にしない目的で化学繊維があるのであればそれはそれなんだな。
とか思いつつ。

そうはいっても、鶏肉とか豚肉とか牛肉とか平気で食べてる。
とか思いつつ。

本来なら自由に地球を満喫しているはずであろう動植物を家族として不自由な社会生活に組み込んでしまったりしてる。懐いてくれているのは錯覚でエゴの犠牲なのだろうか?
とか思いつつ。

化学繊維がない時代には命の循環に感謝の念が強く働いていたのかもしれないな。
とか思いつつ。

地球を思いつつ。

エゴと真我でディベート。
どっちも正しくて正しくないような?

考え出すと「この世界は残酷」で。
世界は進撃の巨人だ。
無意識に生きている自分が浮かび上がってくる。

最初は、残酷の後ろがみえなかったけれど。。。

ワンネスの意識が芽生えたら、残酷の後ろの正面にたどりついたりして。

蚕という昆虫がどのようにして、人間にコントロールされ、利用され、搾取されてきたかを考えたら。
視点がグオンと揺らいで重なる。
人間は、蚕を搾取する立場だけれど。
同時に、人間は支配者層の人間(宇宙人?かも)に搾取される立場でもあって。

飛べなくなった蚕蛾カイコガって。
まんま、人間のことなんじゃないだろうか?
人間が、何度も何度も失敗を繰り返しながらも、輪廻転生をくりかえす姿なんて、まんま脱皮だしな。
とか。

天の下に虫でカイコ………。
虫辺に「エゴ」で、蛾………。

人間からエゴが抜けたら?
蚕は品種改良される前の飛べる蚕に戻るんだろうか?

新しい地球では、化学繊維がまた、息をひそめて養蚕業が盛り返すときが来るかもね。
人間の衣食住都合優先意識で行った品種改良じたいを。
蚕にフォーカスするんじゃなくて。
脱皮をし終えた繭の方をうまいこと再利用する技術改良にフォーカスしたら。

おそらく、人間は、真綿でとれる部分の面積にフォーカスしたんだよね。
で、できるだけ多く取るためにさなぎの状態で煮るという製法をした。

じゃあ、宇宙人は?地球で採れる金にフォーカスしたんだよね。
で、できるだけ多く取るために無意識でコントロール可能な人間を?

飛べない人間は、自分たちがされたことを蚕蛾に応用したんだろうか?

もしも、飛べることを覚えていて、飛べる素晴らしさを自分以外の生命に尊重していたら。

蚕蛾から空を飛ぶことを取りあげたりしなかっただろう。
抜け殻をなんとか工夫して生活に役立てさせていただこう!という世界線があったとしたら?

天の羽衣で空が飛べる世界線では。
飛べる蚕が残した繭の半分を利用する。
飛べる蚕の残した繭には飛翔のエネルギーがつまっている。
さなぎを殺したりはしないから自然培養に近い形で綿が取れる。
その綿で作った羽衣は飛べる蚕のエネルギーが入っているので天の羽衣になる。

車も飛行機もない世界線。
虫も殺さない世界線。
当然人間同士殺さない世界線。。。

思考は現実化する?


な~んて、ファンタジーなストーリーに思いを馳せつつ。
現実に戻る。

それにしても、今のご時世で。
天変地異もこれからが本格化のタイミングで。
繭わたか~~~~。

と思った時。
ふと。
人間がアセンションに至る意識を構築する最中で。
一旦・社会から隔離状態になるさまは。
たしかに「まゆ」ってるな~と。

社会の中には存在しているけれど。
変態中で。
視点が違うから「繭」ってる状態。

蚕のように、地球で現象化した様々な桑の葉の様な栄養を。
どんどんよく食べて。
とかして、吐き出して。
作った自分の散文を。
「繭」として。
残したら。

自業自得で、成虫になる前に煮るなり焼くなりされちゃって。
万が一自分がいなくなったあとでも。

その「繭」をほぐして伸ばして真綿を重ねることで。
人間が空を飛ぶための智慧になる、天の羽衣の材料的な文章を残せないだろうか?

そんなアイデアが天の河から降り注いできた。
「そんな風にひねくれた解釈するの???」と笑われそうだけれど。


『繭』ぷろじぇくと。
はじめます。


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