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【『はやぶさ2』レビュー】宇宙プロジェクトをマネジメントするということ
宇宙に憧れた経験は誰にでもあるのではないか。
今住んでいる地球を飛び出すともっと広大な世界が広がっていて、未知の発見に溢れている。そんな夢のような世界。
少なくとも僕は卒園時に「将来の夢は宇宙飛行士」と言っていた記憶があるし、中学生の頃には宇宙の魅力を語るYouTubeをたくさん見た。
しかし、自分自身が抱いていた宇宙の大きさに比べれば宇宙はもっともっと小さく、手の届く範囲にあった。
それを『はやぶさ2 最強ミッションの真実』で知った。
宇宙への冒険は単なる夢でもないし、地球人には手に余る存在でもない。
それはただの科学プロジェクトである。限りあるリソースを分配し、目標を決め、フィードバックを重ね、時には技術を深化させ、1つ1つ立ちはだかる課題を解決していくプロセスのことである。
ただし、このプロジェクトは人類が夢と思えるほど巨大なだけだ。
はじめに
前書きでかっこつけてしまったが、このnoteはその辺の大学生がはやぶさ2の本を読んで思ったことを書くただのレビューである。
この本を読むまではやぶさ2のプロジェクトについて (理系大学生としては恥ずかしながら) ほぼ知らなかった。もちろん、ニュースなどで見る機会はあったが、その程度である。(冒頭で宇宙の憧れの話を持ち出したのも恥ずかしい)
次は何の本を読もうかな、と kindle をウロウロしていたところ、たまたまこれを見つけて軽い気持ちで読み始めた。
読む前はもっと技術的な、理学的な話を想像していた。はやぶさ2のどこに魅力があって、どんな技術が詰め込まれていて、どんな科学的価値のあることを達成したのか。
もちろん、それについても余すことなく書かれていたが、それ以上に僕がこの本が気に入った理由が2つある。
こんなレビューを書いている理由2選
1つ目は、プロジェクトマネジメントとしてのはやぶさ2運営である。
冒頭でも述べたように、はやぶさ2は複数の国、複数の組織が絡む巨大なプロジェクトである。規模が大きくて、優秀な人がたくさんいるからなんとかなるだろう。そうは問屋が卸さない。
逆に大きなプロジェクトだからこそ、その組織構成をどうするか、プロジェクト内に良い文化をどう根づかせるかなど、考えるべきことは多く、そして、前に進めることにとてつもない労力を要する。
筆者の津田氏ははやぶさ2のプロマネであり、こうした巨大プロジェクトとしてのはやぶさ2の視点が、この本にはもれなく記述されている。
そして2つ目が、この本のもつ圧倒的エンターテインメント性である。
はやぶさ2はおよそ6年以上にもわたる航海(航宇宙?)ののち、7つの世界初を成し遂げた。その1つ1つの成功に至る努力や失敗、その瞬間の緊張感、そして、成功後の高揚感たるや。
この本にはその全てがまるでフィクション小説かのように散りばめられている。読んでいるこっちが熱くなって、感極まる。
そんなエンタメ性に強く惹きつけられた。
注意
このレビューでは、僕が極めて恣意的に内容を抜粋し、感じたこと・思ったことを書き連ねていくが、1つだけ注意点がある。
これからの話はネタバレを含む。
ノンフィクションに、それも、この前起きた出来事にネタバレもクソもないだろうとお思いかもしれないが、はやぶさ2に明るくない方は、どこでどんなフェーズが行われて、どんな困難に直面して、どんな成功を成し遂げたのかが全てネタバレになりうる。
もちろん、ネットで調べればいくらでも(wikipediaにも詳細に)書いてあるのだが、どうせ知らないなら、こんなレビュー読む前にこの本を1つの冒険スリル小説だと思って楽しんだ方がいい。
という忠告だけしておきます。
とりあえず技術力がすさまじい
さて、はやぶさ2を語るにあたって、技術の話は譲れない。
惹きつけられた理由のところに、プロジェクトがどうこう、臨場感がどうこうとは書いたが、高専の理系学科を卒業し、東大工学部に入学し、技術系インターンをしている身として、この話は外せない(外すわけにはいかない)。
考えてもみてほしい。
1.5m四方くらいの大きさの物体が、宇宙まで飛び出して、惑星のスイングバイを何度か経て、50億キロ以上を旅した末に目的地のリュウグウに到達。いくつかのミッションを経た後、また違う軌道で地球まで帰還する。
信じられない。
しかも、目的地のリュウグウは地球からの観測では500キロほどの不確かさが載っているから、はやぶさ2自身のセンサ情報も用いながら軌道を修正する。
さらに、地球とリュウグウ間の通信は20分以上を要するため、タッチダウン時などのリアルタイム性を要する重要な動作は事前にプログラムしておいて、あとははやぶさ2の性能を信じて待つしかない。(もちろんバグが見つかれば、プログラムの書き換えもその都度行う)
さらにさらに、人工クレーターの生成や、それによる地下物質の採取、自由落下による重力場の計算まで行えてしまう。
きわめつけはタッチダウン時の誤差。
はやぶさ2チームにかかれば、2.4億キロメートルの彼方でわずか60センチずれた位置に着陸させてしまうのだ。
高専時代にやった電子工作程度でバグ修正にあたふたしてたのを思い出して、バカらしくなるほどの凄まじさ。言葉が出ない。
でも逆に、人類はこれくらいのことをやってのけるだけの力がある。し、多分、高専の授業も、大学の授業も、その延長上にははやぶさ2がある。
今自分が立ち向かっている技術的困難なんて、甘っちょろいもんだと感じられてくる。
それだけの凄さがある。(もちろん他にもいっぱい書いてある)
プロジェクトとしてのはやぶさ2
技術力がすさまじいのはわかったとして、はやぶさ2プロジェクトの凄さはそこに尽きない。
ここからは、プロジェクトとしてのはやぶさ2、ひいては、はやぶさ2プロジェクトをここまでのものにしたプロジェクトマネジメントの凄さについてみていこうと思う。
チームとしての課題解決力
はやぶさ2チームには、世界各国から優秀な技術者が揃っている。個々の専門性は疑いようもない。
が、この本の著者であり、はやぶさ2プロジェクトマネジャーでもある津田氏はそれだけではだめだと考えた。
チームとしての解決能力を高めることだ。もちろん個々の専門性は高めるのだが、それと同時にコミュニケーションをよくし、互いを補うようにチームを設計する。そうすることでチームの頑強さがアップする。
はやぶさ2には様々な技術が搭載されている。タッチダウン一つとっても、たくさんのセンサ・アクチュエータが必要である。その1つ1つに、それを担当した技術者がいて、それぞれの苦労と成功がある。
ただ、いくらひとつ一つの技術がすごくても、全体が見えていないことには、トラブルの対応もできない。宇宙の旅は長しといえど、トラブルが起こったときに、原因究明から次の手への意思決定までをいかにスムーズにできるかは、プロジェクト全体の命運を左右する。
そこで、津田氏は、はやぶさ2の個々の技術者の連携を深め、あたかもはやぶさ2チーム自体が一人の技術者かのように振る舞えるべきだと考えたのだ。
そのために、津田氏はチームとしての「共通体験」が必要だと考えた。一緒に失敗し、一緒に成功を体験する。そして、その過程を次に繋げることで、チームとしての成長を促した。
もちろん、言うは易し行うは難し。
だが、それをやってのけたのがはやぶさ2プロジェクトの真価である。
具体的には、着陸地点決定の模擬訓練だとか、実時間統合運用訓練だとか。。。前者に至っては、専門家に頼んで、架空の惑星を1つ作ってしまったとか。。。
ここで詳述しても、1次ソースの方がはるかに面白いのはわかりきっているので、訓練の具体的な話は後回しにして、次に進もう。
プロジェクトを動かすということ
どんなプロジェクトも、目的を設定し、そのための道筋を企画し、予算と人員を分配し、そして、プロジェクトが動き出せば、現在地と予定との差分を確認し、フィードバックを推進力に前に進める。
というのは、文化祭とYouTubeくらいしか運営したことがない僕にもわかっていた。(「わかっていた」の粒度も違うだろうが。)
そして、もう一つ僕にもわかっていたのは、今あげたどの項目も欠かせないプロマネの仕事であり、どの項目も途方もなく難しいということだ。特に、はやぶさ2レベルのプロジェクトになると、目的も複数で、そのどれも難度が高く、予算と人員も膨大だ。
ひとたびプロジェクトが動き出すと、あちこちでいろんなことが起こり、現在地の把握どころではなくなる。ような気がする。(が、それをやってのけるのだから、世のプロマネたちはすごいな、という気持ちでいっぱい)
しかし、どうやらプロジェクトは前に進めるだけではないらしい。
プロジェクト活動には、物事を前に進めるだけでなく、労力を惜しまずリスクを下げ足元を固める地道な努力がたくさんある
例えば、そもそもはやぶさ2の目標地点を決めるところからはやぶさ2のプロジェクトは始まっている。その際、僕の感覚だと、現在見つかっている星の中から、"ちょうど良い"ところを見つけるのだろうと思っていた。
が、なんと世界中の天文台に観測を依頼し、その星のタイプを見分けてもらうという活動も行ったそうである。
そんなところまで、はやぶさ2のスコープ内なのか、、、
確かに合理的に考えれば、できる限りのことをした上で、安全な目的地を選ぶのが妥当なのだろうが、じゃあ実際自分がその立場でそんなことできるかというと。。。
さらにさらに、プロジェクトの目的を達成することだけで精一杯になりそうなところを、はやぶさ2の我らがプロマネ津田氏は
プロジェクトというのは恐ろしい。面白いと思って挑戦的な目標を設定しても、それが計画になった瞬間「義務」となり苦痛になる。難しいプロジェクトになればなるほど、目標の最低ラインへの近道を見つけ出し、そこにぎりぎりひっかかるだけの活動になりがちだ。
と、プロジェクトのためだけの合目的的なプロジェクトを一蹴。
ミッションの魅力を増すために、そして貴重な宇宙飛行のチャンスをしゃぶりつくすために、限られたスペース、限られた予算で最大限工夫し、最大限楽しむ、という精神
を持ち続ける工夫をそこかしこに施した。
しかも、その工夫は数年の時を経て実を結び、はやぶさ2のピンチを助け、はやぶさ2をさらに偉大なミッションに仕立て上げたのだから、その手腕にはもう頭どころか足も上がらない。(どんなふうな工夫を仕込んでおいたのかはぜひ本を読んでください。)
まとめ
何はともあれ、はやぶさ2はすごい。そして、それを引っ張った技術者たちがすごい。さらに、それを圧倒的な筆力で書き上げたこの本がすごい。
最後に、はやぶさ2の知見をあえて抽象化してみよう。この本では
プロジェクトに「プロジェクト全体を俯瞰する人がいるか」
がやはりとても重要な視点だと学んだ。(言われ尽くされていそうなまとめで申し訳ない)
プロジェクト内のどこに問題が生じそうで、チームとしての完成度はどの程度であるか、というのが現在のスナップショットとしての俯瞰だとするなら、過去・現在・未来という時間軸としての俯瞰も必要である。
現在までにどんなことをどんなスピード感で達成してきて、だからこそ、将来のリスクのためにどんな布石を打てるか。
そうしたことを漏れなく考え続けた結果としての、はやぶさ2の圧倒的大成功なのだと思う。
自分もそんな大きな仕事がしてみたいかも。
さて、次なる宇宙ミッションの活躍に期待して、この辺で筆を置きたいと思う。
(最後まで読んでいただいてありがとうございました。)
(ヘッダー画像はLEGOで作ったサターンVです)