見出し画像

DIVA 3/3 【豆島圭さまのための小説】

 指定の位置に立ち、スポットライトを浴びると、会場がどよめいた。

「また前座?」
「エルは?」
「誰? ギャルじゃん」

 アナウンスが、エルの代わりに、私、そうがメインを務めることを告げた。ため息をつき、席を立とうとする客もいる。

 待って。聴いて。

 ジャズバンドに目で合図をする。バンドは一流。ドラムが拍を刻み、ウッドベースが会場を鉄骨ごと揺さぶる。ピアノがランダムな雨粒のように鳴り、サックスが、甘く歌い始めた。

   はやて ねえはやて
   行かないで颯

   どこにいる
   君を迎えにいく

 私は、ジャズに乗せて、リズミカルにラップを紡いだ。
 一瞬で、会場が疑問符であふれかえった。
 
 1時間前、楽屋で、オーナ―は、私の目を射抜くように見つめた。

『お前、本当はジャズラップやりたいって、言ってなかった?』
『……はい』
『オーケー。じゃ、好きに暴れてきな。責任は全部、俺が取るから』

 深呼吸をし、過去に思いを馳せる。
 颯がいなくなったあの日から、私の脳内には言葉が溢れて止まらなくなった。言葉たちは、暴れ狂っていた。
 
 自分自身の言葉に傷つけられる日々が続いた。そしてついに、言葉たちを御するための手段をみつけた。文学との出会いだった。
 
 悩み苦しむ私に、親も、教師も、何も教えてくれなかった。そもそも、答えなんてない。でも、文学の中には、悩み、苦しみ、のたうちまわっている生の人間たちがいた。太宰、三島、漱石。私は、文学に溺れることでしか、自分と向き合えなかった。

 自分と向き合えるようになると、次は出力が必要になった。手あたり次第に、ノートに言葉を書き殴った。トラックに乗せて、言葉を吐きだした。その手法をラップというのだと、ずいぶんと後になって知った。

 豆島圭さんの小説「断たれた指の記憶」が頭の中で踊る。

 豆島さんの文章に重ねて、私の記憶をなぞる。
 下卑た笑みと、穢い指が這うのは、颯の体だ。颯は、私にすら教えてくれなかった。毎夜、家族にされたことを。学校で、同級生にされていたことを。
 それなのに、私は。私は。

   ねえ颯 教えて颯
   
   君の体這いまわる指
   君の体殴りつける拳

   私今すぐ切り捨てにいくから
   今すぐあいつら地獄に送るから

   だから君はもう自由

   お願い解放されて 
   天国へ行って 

   お願い お願い お願い

 豆島さんの文章が、頭の中をふわふわと漂っている。遠慮はいらない。見てはいけない側面まで、描いていいのだ。

   君の骨拾って泣いた
   君の魂そこにはなかった 

   宝石のような白い骨
   みんな隠してる本音

   見ないふりしてたのは誰?

   親? 先生? 違う私

   私、私、私!

 ビートに合わせて、言葉を切る。
 巻き舌で、ひとしきり暴れた。

 観客に、軽蔑されただろうか。
 恐る恐る、閉じていた瞼を開き、会場を見渡す。
 会場は異様な空気に包まれていた。

 観客たちが、私を見つめている。
 好奇の視線だ。もう立ち上がろうとする客はいない。


『飯塚颯くんが、昨晩、亡くなりました』


 淡々と告げる担任教師を、人間とは思えなかった。
 颯。私のたった一人の親友。

   涙も枯れてった
   空っぽになった

   私どうすればいい?
   君を迎えに行けばいい?

 観客の一人が、囁いた声が聞こえた
「ラップって、もっと英語とか汚い言葉とか、使うんだと思ってた」

 だんだんと、会場の雰囲気が変わってくる。会場が、リズムに包まれていく。

   どこにいても何をしても忘れない
   どこがどうなって今私は生きてる?

   君が流せなかった涙
   かわりに流せなかった何故か

バンドの演奏が、本気の音に切り替わった。もう、怖いものなどない。

   教えて 教えて 教えて 颯
   私どう歌えばいい?

   教えて 教えて 教えて 颯
   私どう生きればいい?

観客が、私を凝視する。
黒いヒールに詰め込んだ足で、ステージを力強く踏みしめる。

   お願い お願い お願い 颯
   もう一度 もう一度 生まれて 颯

   君を守る 私が守る
   命が降る 私に降る

   許されるのなら
   許してくれるのなら

   私のもとへ もう一度
   産まれてきて

   颯

 歌いきって、下を向いた。
 歌唱中に泣くのは厳禁だ。
 歯を食いしばって、涙を堪えていた。

 会場が、静寂に包まれる。

 頭の中にいる、会ったこともない豆島さんに向かって、呟く。
 ねえ、豆島さん。
 豆島さんなら、私のストーリーを、どう小説にする?
 きっと、私なんかより、ずっと客観的で俯瞰的な視点で書けるんだろうな。
 私は感情に流されすぎる。
 教えて、豆島さん。
 どうやったら、豆島さんのように、悲惨な状況下で理性を保てるの?

 突如、鼓膜が破れるほどの轟音が、会場を鳴らした。
 歓声だ。

 観客たちは総立ちとなり、私の方を向いて拍手をしている。
「ブラボー!」という声、指笛。

 何が起きたのか、一瞬の後に理解した。
 流れる汗が、涙が、私が生きていることを証明していた。

 颯は、きっとここにいて、私の音楽を聴いてくれている。 
 いつか必ずまた会える。
 絶対に、会いに行く。

 暗黒の夜が明けた。
 両腕を上げ、歓声に応えて、ステージに跪いた。
 私はもう、補欠じゃない。

<終>

本作DIVA 1,2話目はこちらです↓

豆島圭さま。
豆島さまのための小説、仕上がりました。
豆島さまの小説は以前から読ませていただいておりました。最も印象に残っている作品の一つが、本作で引用させて頂いた、ピリカグランプリ2023 猫田雲丹賞受賞作「断たれた指の記憶」です。

豆島さまの筆力で、時にグロテスクに、時に怪しく、濃密に描写されております。御託をならべましたが、未読の場合は、まずご一読ください。

今回、豆島さまからお題「補欠」を頂き、短いようで深いこの2文字に大苦戦いたしました。

ま、豆島さまに差し上げる小説……。
豆島さまはレベチだからなあ……。
どうしようかなあ……。

無限に悩みましたが、無限ループに終止符を打ち、
「自分なりに書こう!」と決心しました。

怖いもの知らずのメンタルで、題材にしたのは、ラップ。
韻を踏み、リズムを刻む。

はい! 堂々と、自信ありません!!

ラップの技術は奥深く、「型」の中で言葉を活かすことが、本当に難しい。
ジャズラップというジャンルがあることも、今回のリサーチで知りました。

今回目指したのは、英語や過激な言葉を使わない、おとなしめのラップ。辛いこと、苦しいこともラップとして音楽に乗せてしまえば、芸術となる。
文学にも共通するものがあるかと思います。

ぜひ、本文中に埋め込んである音源をお聴きください。

豆島さま。
客観的、俯瞰的に、人間の裏側を描き切ってしまわれる豆島さまを、尊敬しております。

 私は感情に流されすぎる。
 教えて、豆島さん。
 どうやったら、豆島さんのように、悲惨な状況下で理性を保てるの?

上記の文章は、正真正銘の、私から豆島さまへの言葉です。

豆島さまへのリスペクトを込めた、3話からなる物語、ご査収いただけましたなら、幸いでございます!

過去に書いた、【あなたのための小説】はこちらです↓



いいなと思ったら応援しよう!