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三人の物語 三人目 逢坂園子 精肉売り場店員【コッシ―さまのための小説・連作短編】
外はこの春いちばんの陽気で、桜も例年より早く満開になったそうだが、スーパーの生鮮食品売り場はひんやりとしている。私、逢坂園子五十六歳は、精肉売り場の敏腕店員だ。お客さんに、納得いく価格で、最高のお肉を提供することが、私の使命だ。この仕事は、天職だと思っている。バックヤードから、さっき切り分けてパック詰めしたばかりの新鮮な肉を、カートに乗せて運ぶ。夕方の混み合う時間に合わせて、品出しをするのだ。
牛肉売り場に、常連のお客さんが立っている。ははあ、この時間にここにいるとは。品出しの時間をきちんと心得ているんだ。さすが、通だねえ。
「お兄さん、今日も牛モモブロック?」
常連さんに話しかける。このスーパーでは、店員と客との距離感が近く、気軽に会話を交わせる雰囲気が、売りの一つなのだ。
「そうなんですよ。今日、いいお肉、あります?」
待ってました。ここからが、私の真骨頂だよ。
「これ、切り分けたばっかりのお肉。新鮮だよ。それに今日は……」
「お肉の特売日、ですよね? チラシで見て買いに来たんです」
なんと、まさかそこまでとは。この常連のお兄さん、なかなかやるじゃないの。
「いつもの値段から二割引きで、お買い得だよ! それにしても、お兄さん。前から聞きたかったんだけど、どうしていつも牛モモブロックなの?」
常連さんは、照れたように髪に手をやり、呟いた。
「俺、週末にローストビーフを作るのが、趣味なんですよ」
「ローストビーフって……! ああ、だからいつも赤身のブロックなんだね!」
「はい……」
「あれを手作りするなんてすごいじゃない! で、どうなの、お味の方は?」
「嬉しいことに、結構好評なんです」
「へえー。見上げた根性だねえ」
常連さんは、少し間をおいて、ぽつぽつと話し始めた。
「明日、桜ケ丘公園に、家族でお花見に行こうと思ってるんです。お弁当に、ローストビーフを入れていこうと思って」
「あら、花見にローストビーフなんて、素敵じゃないの!」
「はい。実は、妻と息子が、四月から新しい道に進むことになりまして。そのための『がんばろう会』というか」
私の心の中で、風が吹き、小さな歯車が嚙み合い始めた。
私、逢坂園子の密かな趣味は、小説やエッセイを書いて、noteという媒体にアップすること。学生時代は、文芸部だったんだから。
提示されたキーワードを振り返ろう。
週末、ローストビーフ、妻と息子、新生活。
そういえば、この髪型と、このあごひげは。
それに、この声は。
歯車たちが噛み合い、ゆっくりと動き始め、想像は確信に変わった。
そうだ。この常連さんは、きっと。
「新たな門出を祝う会ってことか! すてきな家族だねえ!」
「ありがとうございます」
常連さん——コッシ―さんの笑顔が、全てを語っていた。私の中に、熱い想いがほとばしる。
「お兄さんさ、これから、家族をしっかり支えていかなきゃって、思ってるだろうけどさ、そんなお兄さん自身を支えたいって思ってる人たちだって、たっくさんいるんだからね!」
コッシ―さんは、不思議そうに目を見開いた。私は、コッシ―さんのnoteを読むことで、前を向いていられるのだ。いや、私だけではない。たくさんの、たくさんの読者たちが、その圧倒的なプラスのエネルギーに、救われているのだ。
「さあさ、お兄さん。いい肉が安いよ! これで美味しいローストビーフ作って、家族みんなで栄養つけなきゃ!」
笑いながら、コッシ―さんの背中を、バシッと叩いた。コッシ―さんは、お天道様のように笑って、赤身の大きなブロック肉を掴むと、かごに入れた。
「ありがとうございます! また買いに来ます!」
その背中を、見送った。
今日は、いい仕事ができたな。やっぱり、精肉売り場の店員は、天職だわ。
コッシ―さんなら、何があっても、大丈夫。
私たち読者からのエールが、コッシ―さんに届きますように。
コッシ―さん、読者一同、応援していますからね!
<終>
◆あとがき 三人目
この連作短編に登場する人物やその名前は、樹による完全な創作です。
コッシ―さまから、テーマ「春からの新生活」というお題を頂きました。
奥様と、息子様が、春から新たな挑戦をされるとのことでした。
この企画【あなたのための短編小説、書きます。】コッシ―さまへの連続短編小説、第一作目と二作目は、こちらに記しております
最後の一編は、コッシ―さまをイメージして創作したキャラクター、越川一途さんと、一途さんの行きつけのスーパーの敏腕店員、逢坂園子とのお話となりました。ラスト、コッシ―さまご本人さまの描写をさせて頂く運びとなりました。
さて、この連作短編の登場人物の名前に込められたエールを、感じ取っていただけましたでしょうか?
一人目 ユアン・エイル ⇒ エール
二人目 前田日向 ⇒ 前を向く
三人目 逢坂園子 ⇒ 逢(おう)坂園(えん)子
つたない仕掛けではございますが、それもこれもコッシ―さまにエールを送りたい気持ちから生じたことなのです。
コッシ―さまにお伝えしたいことを、声を大にして、逢坂園子が叫んだように、もう一度叫びます。
コッシ―さん、読者一同、応援していますからね!
私だけじゃない。コッシ―さまのnoteに勇気づけられている人は、たくさん、たくさんいるのです。今回の企画で、おこがましくも読者代表として、コッシ―さまにエールをお送りする気持ちで、この連作短編を仕上げました。
なんてすばらしい家族。
辛いこと、苦しいこと、色々あるけれど、互いが互いを人間として、根底から尊敬しあっている。
もう一度叫びます。
家族って、いいなあ。
今後、コッシ―さまとご家族に、たくさん、たくさん、まぶしいばかりの幸せが、降り注ぎますように。
三篇にわたり、お読みくださいまして、誠にありがとうございました。
コッシ―さま、コッシ―さまのためだけの小説、仕上がりました。
どうか、ご査収いただけましたなら、幸いに存じます。
追伸:この連作短編を書き上げた後、意気揚々とローストビーフを買って帰りました!
いままで書かせていただいた、「あなたのための短編小説」は、こちらです。