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空に帰る白
去年の晴れた秋の日、「パパが死んだよ」と伝えた時から、リタは沈黙している。
話すことをやめたリタは、紙で建造物を作り始めた。必要なのは、真っ白い厚紙と、ハサミ、糊、それだけだ。
定規を使うことはない。ただ、いきなり紙を切って糊付けする。本物の縮小版のような精巧さで、次々とリタの手から建造物が産まれていく。
十四歳になったばかりのリタは、リビングでメトロポリタン美術館に取り掛かっている。学校には行っていない。
洗面台の鏡の前で、息を吐きながら、下唇を前歯で嚙む。アレックスに出会った頃の若さは、もう消えていた。
『ヤヨイ』
アレックスは、カタカナの発音で私を呼んだ。たった一人で日本からアメリカへ逃げ出した私には、彼がすべてだった。私たちは結婚し、リタが生まれた。この上なく、幸福だった。
けれど私は、幼いリタと二人で、日本に帰ることになる。
日本の小学校に転校したリタは、いじめに遭っていた。
アレックスから受け継いだ髪と肌、そして不自由な日本語を、執拗に揶揄され、蔑まれたようだ。それでもリタは、私に何も言わず、毎日笑顔で学校に通い続けた。担任の教師から連絡が来るまで、私は気づかなかった。
見事な紙のメトロポリタン美術館は、一週間ほどで完成した。
「次は何を作るの?」
リタは微笑んでハサミを構え、紙を切り進めていく。
暫く経って目を遣ると、アメリカで、私たち三人が暮らしていた家だと気づいた。間取りや、家具の配置、ドアの開く方向までが、完璧に再現されていた。
ふつふつと怒りが湧いてくる。白髪が混じり始めたショートボブの髪を、掻きむしった。
「パパは死んだのに。どうしてアメリカの家を作るの?」
リタは苦しそうに笑った。
「何か言ってみなさいよっ!」
怒鳴る。
私とリタ、どちらが幼いのか。
リタは、人差し指を口の前にかざし、仏間へ向かった。完成したばかりの紙の家を祭壇に置くと、リタは、正座し目を閉じて、十字架の前で両手を組んだ。キャンドルに囲まれた、写真の中のアレックスは、穏やかな笑みを浮かべている。
「リタっ!」
制御がきかない。
双眸が熱くぼやけていく。こんなつもりじゃなかったのに。
リタは、私を見ずに立ち上がると、紙の家と、キャンドルが入ったグラスを一つ持って、庭に出た。キャンドルの炎の上に、真っ白な紙の家をかざす。
思い出の家が、鮮やかな緋色の炎の中で、身をよじりながら黒く燃えていく。
「パパの魂が、この家に帰れますように」
リタが、喋った。
私の全身が、震えた。
どうすればいいの。
リタに、本当のことを言おうか。
アレックスは、生きている。
リタは、真実に耐えられるだろうか。
戦場で人を殺して、優しいパパの心が壊れてしまったのだと知ったら。
私は、変わってしまったアレックスから逃げた。
まだ幼いリタを守るためだと、自分に言い聞かせて。
もう、遅すぎるのかな。
リタは微笑んで、灰になった私たちの家を、私の両手にそっと乗せた。
1194文字
♢この小説は、秋ピリカグランプリ2024応募期間前に書いたものです。