3分で読めるエッセイ|やっぱり山が好き|
やっぱり山が好きである。
長く雪に閉ざされていた北国にもようやく春がやってきた。
待ちに待った登山の解禁である。
はやる気持ちを押え、まずは装備の確認をした。
すると、長年連れ添った登山靴の底が、べりべりと剥がれているではないか!こんな状態で山に登るのは非常に危険なので、まずは登山靴を新調することとした。その他には、帽子、リュック、熊よけの鈴、それに軽くて暖かいウインドブレーカー。相棒たちに点呼を取り、無事を確認したら、いよいよ登山の決行だ。
その朝は、よく晴れていた。
登山道の入り口に向かうと、すでに登山の装備をした人たちの姿があった。勝手に、『同志よ……』と思ってしまう。
春を歌う小鳥の鳴き声に導かれ、いよいよ登山道に入る。
さまざまな春植物たちが、さっそく出迎えてくれた。
何種ものスミレ、エンレイソウ、エンゴサク、ヒトリシズカ、ニリンソウ……。一年のうちでこの季節にしか出会えない、春の妖精たちである。
登山の醍醐味は、植物観察のほかにもある。
行き交う人々が、とても優しい。
「こんにちはー」と声を掛けあう。リスなどの珍しい動物がいれば、「ほら、あそこですよ」と教えてくれる。優しい人が自然を好むのだろうか、それとも、自然が人々の心を優しくほぐすのだろうか。山で出会った人々に対してネガティブな感情を抱くことはものすごく稀である。
息を切らしながら、新緑のトンネルを進む。涼しい風が心地よい。よく晴れているので、木々の葉から漏れた光が、地面の上に美しいコントラストをつくる。マスクを少しだけ外し、外の空気を直に感じる。初々しい植物たちが醸し出す春の森特有の爽やかな香りがする。『森の香り』と銘打った商品を多数見かけるが、やはり本物の香りには敵わない。
黙々と歩く。山に入る前には、実は悩みがたくさんあった。人間関係、将来への不安、今この世界全体が抱える大きな問題について。一人でじっとしていると、底なし沼に引きずり込まれそうになる。そんな時は、とりあえず自然の中に身を置いて、体を動かすことにしている。悩みが消えることはないが、悩みの構造を具体的に把握でき、今するべき対応がわかり、自分なりのやり方で解決するしかないのだと、ある意味開き直ることができる。自然に受け入れられているという絶対的な安心感のもとに。
自然の中で体を動かすことは、私にとってはとてもとても尊い。
急峻な岩場を抜けきり、ついに登頂した。
約半年ぶりの山の頂上。市街地を一望できる絶景である。
この景色をあと何回見られるだろう。
人生は有限だ。いつ命が尽きるのか、誰にも分らない。
だから少なくとも山に登るときは、一瞬一瞬を大切にしていたい。
深呼吸をして、麓で買ってきたスポーツドリンクをごくごくと飲む。格別の味がする。
さあ、下界へ降りよう。
明日からまた、私なりに一生懸命生きてみよう。