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四神京詞華集/シンプルストーリー(21)

【バトル終了】

鈍色と金色の珪甲(かけよろい)に緋色の胞を纏った男二人と、彼らに率いられた衛士達が乗り込んできた。
黒い鎧は坂上武者麻呂、そして金の鎧は橘不比等である。
 
武者麻呂「姿だけでなく、性根までも修羅畜生と成り果てるか」
穢麻呂「……」
不比等「蝦夷穢麻呂」
穢麻呂「……手向かい無用」

鬼へと変形している穢麻呂には最早表情などない。
ただ憎悪と苦悶だけがへばり付いている。
 ふと傍らにいた狛酉丸が穢麻呂に語りかけた。
 
狛酉丸「もういいじゃん。狛亥丸の正義、無駄にするつもりかい」
 
穢麻呂、迷企羅の面を認める。
 
穢麻呂「おぬし」
狛酉丸「久しぶりね」
穢麻呂「助けてくれたのか?」
狛酉丸「勘違いしないでよ。私は女を売り物にする輩が許せなかっただけだから」
穢麻呂「そうか……」

穢麻呂の姿が貴人を模した赤い目の乞食に戻る。 
憎悪も苦悶もない、いつもの無表情へと。
同時に、有鹿に巻き付いている襟巻を握る手が緩む。
有鹿は白目を剥いたまま気を失っている。
 
武者麻呂「相手は少納言様である。丁重に」
不比等「丁重に、きつく縛り上げろ」
 
不比等の傍らに控える四神の翼たちが思わず吹き出す。
衛士達、盗賊を捕らえる一方、牢から女達を開放する。
主に先んじてすでに端女の姿に戻っているナミダは、一人、牢の中にへたりこんでいる。
傍の菜菜乎は依然、昏倒したままである。
と、衛士の影から一人の書生が駆け寄って来る。
久能保臣だった。
 
久能「菜菜乎」
 
菜菜乎、静かに目を開き薄目で『夫』を認める。

菜菜乎「……」

そしてまた静かに目を閉じる。
 
久能「え? 今、目が覚めたのでは?」
 
菜菜乎、心中で思い切り舌打ちをすると目を閉じたまま告げる。
 
菜菜乎「申し訳ございませぬ。菜菜乎は既に穢れてしまいました」
久能「な、何だと! まさか」
菜菜乎「全てはあなた様のお力になろうと。端女などでは手に入れられぬ程の銭を、宝を求め、愚かにも白虎街へ……そしてそこな禍人などと好を通じましてございます」
久能「何だそれだけか。俺はてっきりどこの馬の骨とも分からぬ男に」
菜菜乎「さような辱めを受けるくらいなら死を選びまする!」
 
久能、菜菜乎を抱きしめる。
 
久能「すまぬ! 私が不甲斐ないばかりに!」
菜菜乎「私もまた、穢れし非人と成り果てました。どうか縁を切って頂きますよう。この都にて捨てて頂きますよう」
久能「もうよい! 働かずともよい! 私は数年のうちに大国出雲での任官が決まっておる。そうだ、お前は先に戻っておれ」
菜菜乎「出雲ですか……?」
久能「うむ。裏大和ではあるが因幡とは比べものにならぬ都だ。父に頼み、そこに館を建ててやろう。雑仕もつけてやろうぞ」
菜菜乎「働かずともよいのですか?」
久能「勿論だ。そこまで憔悴しきっておる其方に都での暮らしなど」
菜菜乎「大国出雲の舘に……召使いつきで……のんびり」
久能「ただしばらくはそなた一人だ。寂しい思いをさせてしまうがのんびり養生して我が帰郷を待つがよい」
 
菜菜乎、急に元気になり久能の胸に飛び込む。
 
菜菜乎「寂しゅうございます! されど私ごときに否も応もございませぬ! 因幡豪族久能家の妻としてしかと留守をお守り致します! 遠き遠き、遥か遠き山陰よりあなた様のお勤めを遠くからお支えいたしまする!」
 
よよよと抱き合う久能と菜菜乎。
やたら『遠くから』を連呼し滲み出る本音を隠し切れない、完全なるATMを入手して地方都市で遊び呆ける気満々の妻の喜びに気付かぬは夫ばかり。
そんな茶番劇など目もくれず、ナミダは自力で牢を出る。
坂上武者麻呂、訝し気にナミダを見る。
頬に痣持つざんばら髪の郎女を。 

武者麻呂「夜叉……いや、人?」
不比等「武者麻呂殿、真っすぐな心根でよく見てみよ。これが禍人だ。俺達と何が違う? 刺青が如き痣が浮かんでいるのみぞ」
武者麻呂「名は?」
 
今語りかけてきているのは都の中でもかなりの高官と思われた。
如何わしい祓魔師などよりもよほど頼りになるはずだ。
呪いを解いてくれるかどうかはともかく、今よりもはるかに安らかな生活を施してくれる可能性は十分ある。
『文章博士郎女菅原慧子』
と、いつものようにいつものフレーズを高らかに告げるだけで。
だが、彼女はそうしなかった。
理由は自分自身でもよく分からなかった。
強いて言えば、人生を他人任せにしたくなかったのかも知れない。
この呪いの真実をその目ではっきりと見極めたかったのかも知れない。
彼女は逃げずにはっきりと自分の『今の名』を名乗った。
 
ナミダ「ナミダ」
武者麻呂「涙?」
ナミダ「南無阿弥陀仏に届かぬ、南弥陀です」
 
怪訝そうな武者麻呂の傍で、妙に得心したように不比等が頷く。
 
不比等「お前の下僕か?」
 
不比等の視線の先で、穢麻呂がフンと鼻を鳴らす。
 
穢麻呂「何故分かる?」
不比等「ナミダ。お前が付けた名であろう。皮肉も度を過ぎれば嫌味しか残らん。鎮西で心を入れ替えたと思ったが、さらにへそ曲がりになって戻って来たようだな」
穢麻呂「別に天にも地にも恥ずべきことなど何もない。むしろ恥を知るのはお前達だ。蘇我一族や道暁の乱行狼藉を疾く戒めるべきであろうにひたすら己が椅子の保全と座り心地にのみ腐心するのみとは。反吐が出る」
 
不比等の影より平外道が吠える。
 
外道「おのれ如きが偉そうに!」
亜毒「静まれ外道」
外道「キタナマロとは確かにな。よく見りゃただの乞食になり下がっただけじゃねえか。異形に身を包んでも生まれついての凡俗は隠せねえもんだ」
穢麻呂「番犬どもが人の言葉を喋るな」
 
四神の翼の一翼、容姿端麗な源柘榴(ざくろ)がギラリと殺気立つ。
 
柘榴「貴様、それは身共にも向けた言葉か?」
外道「にも、たぁどういう意味だ柘榴」
穢麻呂「一緒にしてくれるなという意味以外に何がある」
外道「(柘榴に)殺す」
柘榴「(外道に)斬る」
亜毒「おい。まんまと穢麻呂の詐術に乗るでない」
穢麻呂「家来の一人や二人まとめられぬようでは革命など遠き道のりよな」
不比等「家来ではない。同志だ」
穢麻呂「そこの陰気な新入りもか?」
 
四翼、青白い顔をした猫背の小男、橘覇流漢(ばるかん)が呟く。

覇流漢「オマエヨリハ陽気ダピョ~ン」
 
そう、鉄面皮のまま鼻につく声で。
不比等は苦笑しつつも、わりと深刻なため息を漏らした。
彼もまた穢麻呂同様、同胞随身の類には色々苦労しているようだ。
と、かの百屋が軽快な足取りで、それでいておっとり刀で乗り込んで来る。
 
百屋「あれれ、もう終わっちゃったの? 大活劇」
穢麻呂「やはりこやつらを呼んだは汝であったか」
不比等「当然だ。四神の翼、最強の同胞だからな」
百屋「最強の金ヅルでしょ? 不比等君」
 
不比等、穏やかに、しかし凛として穢麻呂一派に告げる。
 
不比等「お前達の動向は常に把握している。何が目的で都に舞い戻って来たかは知らんが洛中洛外にて乱行狼藉を働くならば昔馴染みとて容赦はせん」
穢麻呂「聞くだけは聞いておこう。橘諸人どの」
不比等「今は不比等だ」
 
不比等、ナミダに目を向けると。
 
不比等「必ずやお父上を呼び戻してみせます。それまでは大人しくしておられよ。禍の姫君」
ナミダ「……え?」
 
不比等、胞を翻すと四神の翼を率いて去る。
武者麻呂もまた家来を連れ、咎人を引き立て、捕らえられていた女達を保護しながら衛士府へ帰還する。
逢魔が時の神隠し、被害者も加害者も皆、瞬く間に現場から消えていった。
 
百屋「いやいや凄い人数だったね~。洞窟内、酸欠、みたいな」
穢麻呂「我らの動向を常に把握させてくれてすまなんだの。藤原百永卿」
 
顔こそ薄笑いを浮かべてはいるが、口調は今にも刀を突きつけそうな勢いで穢麻呂が詰め寄る。
 
百屋(藤原百永)「まあまあ。今回は公的機関に動いてもらった方が色々助かるかなーと思って。これでも気をきかせたつもりなんだよ。勿論、非合法のお仕事に関しての秘密は守りますよ。信用第一、百屋でございますから」
ナミダ「百永……今、藤原百永って!」
百屋「いかにも。藤原家嫡流、氏長者、都随一の有名人、寧楽の種馬、後家殺し、推され活貴族、大納言百永だよ。元気ですかーー?」
 
ロッキーのリングアナウンスばりの異名の多さであるがそれもそのはず。
この男こそ公家の代名詞たる藤原一族の総領。
かの天智帝の腹心鎌足から大宰相不比等の血を継ぐサラブレッドオブサラブレッド。
さらに言えば、大納言なる位は左大臣蘇我大連、右大臣物部狩屋につぐ朝廷のナンバー3、ナミダごとき地下郎女が一生かかってもその足跡くらいしか認める事が出来ないVIPオブVIP。
 
ナミダ「げ、元気でーーす!」

一介の郎女がそうレスポンスするだけで一杯一杯のスーパーアイドルだったのだ。
しかし天下の大納言様が、何故貧民窟でジャ○ネッ○まがいの口調で商人をやっているのか。
そして穢麻呂と四神京VIP達とのただならぬ因縁とは。
さらに狛さんの中にいた謎のフェミ人格の正体とは。
そんな感じで幾多の謎を未だ残し、オール登場人物総進撃のような夏だ一番四神京まつりのごときチャプターもこれにてお終いで、次回からはまた地味な会話劇が訥々と流れてゆくものと思われます。

(つづく)

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