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センゴクマロ(1)

○一乗谷・朝倉館
書見台を前に、姿勢正しく講釈をする狩衣の公家唐条宜賢(40)
『尊王賤覇』と書かれた紙を掲げる。

宜賢「世は戦国。君主は何よりも徳を尊び王道を征くべし。力に頼るは覇道なり。それ即ち天の誅罰を受けるものなり」

直垂の朝倉義景(36)陶酔する宜賢の目を盗んで扇の下で欠伸をする。

宜賢「……義景殿」
義景「え? ああ、聞いておる。聞いておるぞよ」

愛想笑いの義景と仏頂面の宜賢。

宜賢「次は天の刻、地の利、人の和について……」

N「古えより権勢を振ってきた貴族達は保元平治、承久、応仁を経て帝もろとも武士に政を奪われ、今や貧困に喘ぐ日々を送っている。都にあって経文古典を模写し日銭を稼ぐ者ども。地方に下向し武家に学問を教え生計を立てる者ども。世は戦国。公家もまた乱世の時代を必死に生きていた」

○九頭竜村の河川敷(夕)
大きな川の傍を市女笠の典子(40)狩衣の公達唐条国賢(15)
そして、荷車を引く物売り日照丸(28)が共に歩いている。
と、車が石に引っかかる。

国賢「手伝いましょう」
日照丸「これはこれは、有難うございます」
国賢「九頭竜村まであと少しでしょう。このまま押して差し上げます」
日照丸「何と勿体ない。儂とした事がお公家様の手を煩わせるとは」
国賢「仁徳積善が我が唐条家の教えです」
日照丸「(典子に)よいお子をお持ちで。御夫君もさぞ立派なお方にございましょうな」

典子、複雑な笑みを浮かべるだけ。
と、麻の衣に竹槍を手にした若い百姓達が駆け寄って来る。

百姓1「おうおう。これよりは九頭竜村ぞ」
百姓2「まかり通るなら銭を寄越しやがれ」

若い百姓を従える辰蔵(38)が青無頼たる態度を制す。

辰蔵「おいお前ら! 行儀が悪いぞ!」
百姓2「じょ、冗談でさあ」
日照丸「怪しい者ではありません。儂はただの物売りです。こちらとも先程出会うたばかりの道行きの連れにて」

辰蔵、典子達の装いを一瞥し。

辰蔵「都人か。家人も連れずこんな遠くまで何用だ」
国賢「詮索ご無用」
辰蔵「それはこっちが決めることだ」

辰蔵、腰にぶっさした野太刀の鍔を鳴らしてみせる。

国賢「(怯むことなく)剣にはいささか自信があります。我が身と母を守るくらいは。試されますか?」

国賢、腰のものに手をかける。
百姓達、槍を向ける。

典子「文章博士をご存じですか? 一乗谷に下向しこの村に庵を結んでいるはず」
辰蔵「ほお……あんた『麿殿』の奥方か?」
国賢「まろどの、だと?」

顔を見合わせニヤつく百姓達。

国賢「無礼者め! 我が父母を愚弄するか!」
辰蔵「(真顔になり)ああいや、悪いな。この村を通る者は、みな代官所に引っ張れと言われてんだ。まあ大人しくしてりゃ縄までかけねえさ」
典子「承知いたしました」
国賢「母上」
典子「郷に入りてはと申しますよ、国賢」
国賢「……はい」

従う典子、国賢、日照丸。

○代官所(夜)
館の簀子縁から庭の典子達を見下ろす直垂の代官、鞍谷将嗣(30)
衛兵に睨まれ、日照丸が口上を述べる。

日照丸「京の野菜に椿の花。花がいらねば油はどうだい? 繕い物には縫い針だ。小間物よろずなんでもござれの日照丸。雨でも風でも日照丸。夜でも昼でも」
将嗣「ええい、くどい。もうよい」
日照丸「お代官様がやれと仰られたんですが」
将嗣「うぬのように殺気のない間者などおらんわい(三方の上の書に花押を認め放り投げると)よいか。ここは一乗谷へ繋がる要所ゆえ商いは一日だけだぞ。下がれ」

日照丸、恭しく認可状を拾って去る。

将嗣「して文章博士の件である。御子息のみならず何故奥方までもがここに訪ねてこられた? 面妖至極と訝しがるは当然であろう」

国賢、懐から書簡を取り出す。
将嗣、家来に顎で受け取るよう命じる。

○都・鳥瞰
寂れた館、壊れた築地塀、閑散たる街。
 
○同・烏丸邸
薄汚れた屏風、風に傾く几帳。
机上、筆を走らせる公家、烏丸光典(45)

烏丸(声)「妹婿殿に申し上げる。早急に、都へ戻られたし。我等堂上家、戦乱の世にて困窮すれど帝の近く侍り玉体をお守りするが勤め也。田舎に下りて大名相手に売僧が如き醜態を晒すは大概にされよ。重ねて申す。これは帝の思し召しなり」
 
○代官所(夜)
フンと鼻を鳴らし、典子と国賢を見下ろす将嗣。

将嗣「売僧が真似とは殿上人も難儀よのう。だが何故母子揃ってかの御仁を迎えに参った? 連れ戻すついでに東尋坊の奇岩でも見物に来たか?」
国賢「お恥ずかしながら噂が立っているのです。戻って来ぬは、その、父上に女が出来たと」
典子「よよよよよ……」

典子、声を殺して泣き始める。

国賢「醜女の妻に嫌気が差し家から逃げたと」
典子「よよよよよよよ!」

典子、声を上げて泣き出す。

将嗣「そなた当人を前によくもそうはっきり」
国賢「も、申し訳ございません母上!」
典子「言い方っ! 言い方っ!」
将嗣「女か……成程のう」

将嗣、顎に手を当てほくそ笑む。

将嗣「ならばこの代官が直々に問い詰めてやろう。そなたらの大黒柱、文章博士唐条宜賢卿にのう」

泣いている典子と、怪訝な国賢。

○一乗谷・城下(夕)
砦の築かれた山城の裾野に広がる街。
行き交う市人市女、振り売り、托鉢。
小袖の若い美女を連れて歩く宜賢。
物陰から様子を伺う典子と国賢。
今にも飛びかからんとする典子を制する将嗣。

将嗣「まだだぞ奥方。言い逃れのできぬ所を取り押さえるのだ」

○同・寺の外(夕)
枯野の寺に入ってゆく宜賢と美女。
典子、将嗣の制止を振り切り駆け出す。
 
○同・寺(夕)
格子戸をこじ開けて乗り込む典子。
美女、驚いて酒の乗った膳をひっくり返す。

宜賢「の、典子! 何故ここに?」
典子「あなうらめしや! うらめしや!」

典子、絶叫して宜賢に掴みかかる。
後に続く国賢が典子を取り押さえる。

国賢「母上、お止め下さい! 違います! 我らの早とちりのようです!」
典子「……え?」

蝋燭の灯に照らされた三人の侍が刀に手をかけ唐条母子を訝しんでいる。
と、家来を率いて、おっとり刀で乗り込んで来る将嗣。

将嗣「ほう。やはり『その御仁』と通じておられたか。文章博士」
宜賢「……」

宜賢を捨て置く将嗣、その視線の先。
侍達に守られた大門直垂の貴人の姿。

将嗣「足利義昭公、ですな?」

(つづく)

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