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クラウン(11)
〇勧進の寺(夜)
西方東方問わず、襲い来る兵を次々に斬りふせてゆく道化。
能舞台が血に染まる。
坊主や楽師らが、われ先にと逃げる。
英林、道化と対峙し毅然と告げる。
英林「大儀の為、都の平穏の為だ。許せとは言わん」
道化「それが武士(もののふ)の道ですか」
英林「そうだ。物の怪(もののけ)は物の怪(もののけ)の道を往け」
道化「畏まりました。御役御免」
犬丸「道化……」
道化「ここは武士の舞台。場を退かねば殺されます」
道化、犬丸を連れて舞台を跳躍すると、闇にかき消える。
英林「追えい!」
宗全「もうよい」
英林「しかし」
宗全「獣の嘶きなぞ誰の耳にも届かん」
トミ「……」
勝元、大君を守り、その場を去ろうとする。
宗全「待て勝元。大君をいつまで御所へ閉じ込める気だ」
勝元「血迷われますな義父上。御所様を片田舎にお連れ申す所存か?」
宗全「遊覧もまた楽しゅうございますぞ。さあ大君、こちらへ」
大君「どこへ行っても同じだろ? この首に括られてる縄の色が変わるだけじゃないか」
宗全「その色の縄ならいずれ絞め殺されましょうぞ。今の刺客とて誰の差しがねか分かりません。いまの都は魑魅魍魎が跋扈する六道修羅界なり。この赤入道宗全が法力にて大君をお守り致しましょう」
大君「だとさ。勝元」
勝元「不埒な青下郎を裏で操る西陣の首魁が法力とは笑止! 戯れ言も大概にせよ!」
薄く笑う大君。
大君「此度の遊覧は遠慮しよう。勝元。宗全。お前達の親子喧嘩に俺を巻き込まないでくれ。浮世のしがらみは御所の中だけで沢山だ」
トミ「どういう意味です?」
トミ、大君に眠る赤子を見せる。
トミ「貴方様にとっては応仁丸も、しがらみなのですか」
大君「……」
大君、勝元と共に去ってゆく。
トミ、大君の背を睨み、呟く。
トミ「宗全殿。そんなに牙旗がほしいのですか」
宗全「御台様」
トミ、西方諸将を見据える。
トミ「ならばくれてやりましょう。斯様なものでよければの」
トミ、赤子からおくるみを剥ぎ取る。
泣きじゃくる赤子。
そのおくるみこそが、牙旗。
そしてそのおくるみの真ん中が、くり抜かれている。
トミ「幕府の紋所。大君家の御心。すでに物の怪に食われてしもうたわ!」
トミ、声をあげて笑う。
トミ「あはははは! あははははは!」
一同、トミの異様に怯える。
○四条通り
砂埃の舞う通りに賑わう市人。
獣のように土を這って歩き続ける道化と犬丸。
人に非ぬ二匹は誰にも顧みられない。
犬丸「なあ道化……おいら達これからどうなるんだろ……」
道化「獣は喋りません」
犬丸「はいはい……わんわん、わんわん……うう……」
犬丸、一声唸って、倒れる。
道化「……わん?」
○一休街(夕)
琵琶の音が響いている。
道化、犬丸を背負って土手を降りてくる。
澄んだ川に、倒れこむ道化。
気を失った二人の身包みを剥がそうとしのび寄る異形の非人達。
琵琶の音が止む。
しわがれた声「待て!」
骸骨を設えた杖を持つ老僧(70)と琵琶を手にした瞽女の舎利(35)が二人に近づく。
老僧「二匹とも生きておるわい」
舎利の白い瞳が二人を捉える。
舎利「はい。確かに生きておりますよ。二人とも」
(第一幕おわり)