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最悪(20)

〇代官所・代官屋敷・庭園   
驚く一同。

修理「力で脅し金で釣り誇りを奪い命を下す。それが文明開化か。ならば、儂の政は存外間違ってなかったみたいだのう」

修理、毅然と語る。

修理「ただ名を失うだけ、生業が変わるだけ? 足場がなくなるのがどんなにつらいことか。何が国是だ。何が四民平等だ。何が自由だ。仕来りによって安らかに生きている者もおる。肩書や序列で混乱が無くなることもある」

桃介に向かって叫ぶ修理。

修理「鉄を失い何の黒金ぞ! 我らは天領が鬼。この村を有象無象と一緒にするでないわ!」

静寂。
修理、群衆の中のシヅと目が合う。

修理「儂とともに参れ。その為に来た」
天尽「狼藉者!」

天尽、手下に指示する。

天尽「捕えて邏卒に突き出すのだ。この者は廃刀令違反である」

シヅの前に立つ修理。

シヅ「ひ、ひいっ。お許しを。私は強引にたぶらかされて」
修理「邪魔だ」

修理、シヅを跳ねのけて、その後ろのサトに近づく。

修理「サト。今から一緒に来るのだ」

サト、何故か頬を赤らめる。

サト「え? あ、えっと。ちょっと考えさせてほしいな」

修理、刀を抜く。

修理「時がない。力づくでも連れてゆくぞ」
天狗の声「そこまでだ!」

県令、天尽にぼやく。

県令「何だここは。次から次へと」
天尽「も、申しわけございません」

群衆の中から現れる世直し天狗。

天狗「天下国家に仇なし日本の夜明けを阻む悪代官百目木修理。たとえ世を統むる天が許しても、この世直し天狗が許さぬ」

対峙する修理と天狗。

サト「このテンプレットは……ちょっと素敵かも」

修理、長老達に叫ぶ。

修理「も、者ども出あえい! 出あえい!」
長老3「……誰だあ? 者どもって?」
長老1「ようはワシらに助けてくれっちゅうことじゃろ」

長老達、サトに駆け寄る。

サト「……みんな」
長老2「放蕩はこれまでです」
長老1「お婆様がお待ちですぞ」

長老達、サトの手を引いて退散する。
修理、余裕の笑みで告げる。

修理「どうだ天狗面よ。顔の無い者のザレゴトにかかずらわる暇などない。それが支配者というものじゃ。わっはっは!」

天狗面を取って顔を晒す長三郎。
思いっきり動揺する修理。

修理「えーーーーーーーっ? な、何で?」
長三郎「言っただろう。私が刑部様を殺したからだ」

目を閉じる長三郎。
 
○(回想)黒金村・川辺上流(夜)
桐原と切り結ぶ刑部。

刑部「何度も言わせるでない! 儂は銃のことなど知らぬ!」
桐原「問答無用!」

へたりこんでいる長三郎(23)
刑部、桐原を弾き飛ばす。

刑部「桐原とやら。この件、儂に預からせい。天尽を問いただし、我が名を使い侍を冒涜した罪、必ずあがなわせる」

刑部、桐原に背を向ける。

刑部「ゆくぞ長三郎」

長三郎、桐原の前に立つ。

長三郎「……この浪人風情が!」

桐原の目に殺気が蘇る。
振り返る刑部。
桐原、長三郎に襲いかかる。
刑部、長三郎を庇い背を斬られる。
 
○代官所・代官屋敷・庭園(夕)
目を閉じている長三郎。

修理「何があったと言うんだ」

長三郎、目を見開く。

長三郎「お前が知ることではない」

長三郎、刀を抜く。
混乱し、逃げ惑う村人たち。
それに乗じ、逃げ出す桃介と天尽。

長三郎「恥ずべき行いだった。今こそそれを正す。村の未来の為、この身を捧げよう」

長三郎と修理、刃を交える。
 
○森のタタラ場・中(夜)
炉から炎が立ち上る。
ふいごを踏む長老達。

長老達「お天道沈む山の裾。その火を拝借有難や。山の炎は池となり、土と混ざって鉄となり、町に下って銭となり、我らが村を潤さん。赤鬼の村を潤さん」

ウラ、黙って歌を聞いている。

長老2「ウラ様!」
長老1「跡取り様のご帰還じゃあ!」

長老達、サトを連れて来る。
サト、ふて腐れて立っている。

サト「お久しゅうございます。婆様」
ウラ「始めるぞ」

ウラ、炉に上る。

サト「いつもそう。私の言葉なんて完全無視。死んだ父様と母様の代り? 村下の役目? 知らないし! 熱いし! 火傷するし! お肌黒くなるし! ガサガサになるし!」

ウラ、無視して砂と火を混ぜる。

サト「……危ないよ。お婆ちゃん」

サト、ウラを睨みつける。

サト「東京に行きたいそ。新聞社っていう、瓦版の会社があってね。そこで働きたいそ。休みの日は芝居見物。カフェーに行って、お金貯めてアイスクリン食べるの。お洒落な友達とね。旦那さんは金持ちじゃなくてもいいの。優しくて話が合って男前で背が叩くて。自由恋愛したいそ。自由に……」

火の粉を浴びながら一心不乱に砂鉄を混ぜ続けるウラ。

サト「危ないよ。目、悪いんでしょ」

サトの目から涙がこぼれる。
サト、炉にかけ上る。

ウラ「儂が混ぜるけ火を見とれ。出来はお前に任せる」

サト、炉を降りて湯地穴に向かう。

サト「どこまで逃げても鬼の子は鬼の子か」
ウラ「すまんのう。サト」

涙を拭って、じっと火を見るサト。
長老達に手を上げて指示する。
炉に砂鉄がくべられる。
そして炎が噴き上がる。

(つづく)

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