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最悪(その7)

○(回想)黒金村・川辺上流(夜)
刑部を抱き起し、叫んでいる修理。

修理「父上! 父上!」
声「最後の侍、刑部殿は亡くなられた。これより我ら鬼は自らの力で生きてゆく。百目木家との縁もこれまでじゃ」

修理の掌に血がついている。
その後ろ、無数の鬼が修理をせせら笑っている。

○代官所・代官屋敷・寝所(夜)
跳ね起きる修理。

修理「鬼どもめ……」

布団の上、汗だくで苛立つ修理。
傍の妻、シヅ(20)が目を覚ましている。

シヅ「如何なさいました?」
修理「すまぬ。起こしてしまった」

シヅ、微笑んで修理を抱きしめる。

シズ「鬼は外。鬼は外」

修理、安堵する。
 

○同・獄舎内
桃介が土牢に寝そべっている。
格子越しに顔を覗かせる忠蔵。

桃介「なかなかの寝心地でした。司法省にしっかり報告しておきますので」
忠蔵「死人に口なしという言葉を知らんか?」

忠蔵の背後。壁に並ぶ拷問具。
桃介の笑みが硬直する。

忠蔵「出ろ」


○同・白洲
白洲に引き立てられている桃介。
例によって公事場に忠蔵と長三郎。

長三郎「代官百目木修理亮様、ご出座!」

襖が開き、現れる修理。

修理「衛兵、下がれ」

忠蔵と長三郎を残し、出てゆく家来達。

修理「長三郎」
長三郎「はっ」
長三郎、桃介の手縄をほどく。

桃介「どういうつもりですか」
修理「忠蔵」
忠蔵「お代官様は赦免いたすと仰せだ」
桃介「つまり過失を認めるという事ですね」
修理「長三郎」
長三郎「お代官様はそうではないと仰せだ」
桃介「ではどうして」
修理「忠蔵」
忠蔵「お代官様は」
桃介「お代官様にお聞きしたいんですケド」
修理「天網屋」

縁側に現れる天尽。
一瞬、目が合う天尽と桃介。

桃介「……」
天尽「お初にお目にかかります。黒金の鉄で商いをさせて頂いております、天網屋龍左衛門と申します。お見知り置きを」
桃介「初めまして。司法省の芹沢桃介です」
天尽「司法省のどちらで?」

桃介、苛立ったように答える。

桃介「民政裁判所事務官!」
天尽「失礼いたしました」

天尽、厭らしく笑う。

天尽「であれば郡内の事情はある程度お調べ頂いていると思います。修理様は郡長になられて日も浅く、荒くれの村民を従えるにはまだまだ古き権威に頼らざるを得ません。失礼の数々はどうかご容赦頂きますよう」

修理、少しだけ頭を下げる。

修理「監察殿。郡内をご案内いたす」


○黒金村・村内1
馬上の修理、天尽、桃介。
徒歩の忠蔵、長三郎、数名の家来。
畑仕事をしている百姓達。

天尽「黒金村が鬼の棲家と呼ばれたのも昔の話。今は、タタラ衆と百姓が半々といったところでございます」
桃介「ここの製鉄も衰退しているのか」
天尽「富国強兵を目指す時代においてタタラ吹きは効率的ではありません。刀の世も終わりました。ゆくゆくは他の町同様、製糸殖産に」
修理「(遮って)鉄作りは若い力で復興させる。そのために長老どもを追放したのだ」
桃介「追放?」

と、百姓達が仕事を辞めてひれ伏す。

修理「(慌てて)ああよいよい。仕事を続けよ」
天尽「このように皆、お代官様を慕って昔の習わしを続けております」
修理「全く。困ったものじゃ」

笑う修理を冷めた目で見据える天尽と桃介。


○高殿・中(夜)
駆け寄ってくる亀作と手の空いた者共。

修理「ああよいよい。仕事を続けよ」

その小芝居を無視し、炉へと近づく桃介。
筋金から火が噴き出している。

天尽「窯崩し。ご覧になってゆかれますか」
桃介「ぜひ。後学のために」
天尽「はい。ぜひ後学のために」
     ×   ×   ×
鉤棒で炉が崩され、煙と火の粉を撒き巨大な鉄塊、鉧(ケラ)が出現する。顔も手も真っ赤になり、炉を崩す亀作。

桃介「まさに赤鬼か」

タタラ衆総出で、巨大な鉧を運びだす。
修理の指示で酒樽が運び込まれる。

修理「ご苦労であった。皆で飲んでくれ」
亀作「ど、どうも」

怪訝そうに顔を見合わす亀作達。

天尽「このようにお代官様はいつも民の事を気にかけておられます」

桃介、亀作ら若者の困惑をじっと見定めている。

(つづく)

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